名前に限ったことではなく、中国語のローマ字表記やカタカナ表記もむずかしい(非ローマ字言語のローマ字化がやさしい言語は少ないが・・・)。日本の漢字で「北京」と書く場所を空港などで「Beijing」と表記しているが、けっして「ベイジン」と発音するわけではない。これは、中国語のピンイン(ローマ字による発音記号のようなもの)であって、Bは英語のB音とは違うのである。
無気音と有気音の区別という話は勉強したことのない人にはややこしいので、ここでは簡単に書いておく。例えば、「ぱ」という文字を、息を吐き出すように発音すれば有気音、口から息が出ないように「ぱ」と発音すれば無気音になる。外国語教室では口の前に紙をぶら下げて、紙が揺れるかどうかで判断したりする。中国語のPは有気音だとPで表記し、無気音だとBというふうに表記を分けている。だから、Bは「B音ではなく、Pの無気音を表す」というややこしいことになる。したがって、Beijingは「ベイジン」ではなく、「ペイチン」に近い音になる。台北はTaipeiではなく、Taibeiと書く理由も同じで、「タイベイ」と発音するわけではなく「タイペイ」だ。
したがって、中国語のローマ字表記も、中国語を読めない人のためというより、中国人が中国語を学ぶための「ふりがな」のようなものであり、現在ではデジタルに有用な記号だともいえる。記号だが、実際の音には対応していないことも多い。当然の話だが、中国語のローマ字表記をどう工夫しても、中国語を知らない人には発音できない。ちょっと中国語をやったくらいでは、実際の発音とローマ字表記のずれにいら立つ。例えば、「水」は日本式の音読み「すい」に近い音かもしれないと、日本人はまず思う。ピンインを見ると、“shui”(記号省略)とあるので、「シュイ」かと思うと、「シュエ」に近い音で、教科書を見ると「シュエイ」に近いとあるが、語尾ははっきり聞こえない。そういうことはいくらでもあるが、外国人にもピンインは便利であることは確かだ。
中国の中国人の名前のローマ字表記はかなり統一しているようだが、マレーシアやシンガポールの華人の場合は、同じ漢字でも福建語や広東語など出身地の発音で違ってくる。林という姓も、中国ではLinだが、広東語ならLamになり、福建語ならLimになる。陳なら、中国でChen、広東語でCan、福建語ではTanになる。シンガポールやマ レーシアでは黄をNgと表記したり、王はWanではなくOng。ジュディー・オングの姓はローマ字ではOngと書くが、漢字では王ではなく翁。中国語のピンイン(発音記号)ではwengと書くが、実際の発音はウオンにやや近い。
この話は、香港の芸能人やマレーシア華人の名前に漢字がわかるので、もう少し書いておこう。
李 Lee(北京語)、Lei(広東語)、Li、Lee(福建語)
張 Chang(北京語)、Cheong(広東語)、Teoh(福建語)
鄭 Cheng(北京語)、Cheng(広東語)、The(福建語)
梁 Liang(北京語)、Leung(広東語)、Neoh(福建語)
葉 Yeh(北京語)、Yip(広東語)、Yeap,Lap(福建語)
鄧 Teng(北京語)、Tang(広東語)、Teng(福建語)
こういうことをすべて含めて、本人が表記したいように表記するというのが通例らしい
*蛇足だが、上のリストを見ていると、茶が北京語や広東語でcha、福建語でteとなり英語のteaにつながるという変化がよくわかる。