1634話 滞在許可 その3

 

 列車がバンコクを出るとすぐに夕闇が訪れる。かつてはいちばん安い木製ベンチの席に座って夜を耐えたが、一気にマレーシアのペナンを目指すときは安い寝台車にした。夜が明けると、マレーシア入国。出入国係官にパスポートを渡し、車内販売の甘いミルクコーヒーを飲む。

 昼前にペナンに着き、宿に荷物を置いたら、すぐさまタイ領事館に行き、観光ビザを申請する。タイ出国券の提示を求められなかったと思う。申請書に記入して、手数料を払えば、翌日受け取れる。

 マレーシアに来たものの、マレーシアよりも南タイの方がおもしろそうだと思った時は、タイ領事館でビザを受け取ったその足でバスに乗り、タイに戻ったことがある。マレーシア国境で私のパスポートを点検した係官に、「たった1日の滞在! そんなにマレーシアが嫌いか?」と言われたことがある。

 タイに戻ると1回目の滞在と同じように、50日を過ぎるとビザ延長の手続きをして、30日以内に日本に戻る飛行機の予約を入れる。1回目のタイ滞在のあと、タイ近隣の国を旅した時は、2度目のタイ滞在は観光ビザの期日までとして、延長手続きはしない。どういう旅をしていても、結局半年ほどの旅になった。

 90年代初めごろだったと思うが、タックス・クリアランス制度というものがあった。1年間のタイ滞在が6か月を超える者は、税務署に行って、生活報告をしなければいけなかった。「不法就労をしています」と申告する者はいないが、合法の就労なら税金を払えという調査なのだ。パスポートに税務署の判をもらわないと、出国時に面倒なことになるというが、その詳細は知らない。

 私も1度だけ、7か月ほどの滞在になった年があり、税務署で面接を受けたが、生活状況を聞かれただけで、面倒なことはなかった。この制度は、「意味なし」とわかったようで、すぐに廃止になったが、滞在許可に変化が起きていた。

 そのころからタイ経済はバブル景気の兆候を見せ始め、合法非合法合わせた外国人が大量にタイにやってきた。タイ政府は、外国人の不法滞在や不法就労に厳しい態度を見せ始めた。「長期滞在可能なビザを持っていない者が1年に6か月以上滞在した場合は、出国時に罰金を払うという規則だ」という噂を耳にしたが、私自身は6か月以内に出国していたので、この噂の真相を知らないが、タイでふらふら遊んでいる外国人の対応が厳しくなっていると感じていた。

 ある年のこと、帰国便に予約していたエジプト航空が運休し、1週間後の便で帰国することになったが、ビザ切れで5日間の超過滞在になった。エジプト航空に「運休証明」を要求してもすぐに発行するとは思えないが、超過滞在の罰金は日本円にすれば総額で2000円もしないという話を聞いていたので、そのくらいの罰金ならいいかと思っていた。

 当時の、ドンムアン空港で、予想していた通り、イミグレーションで超過滞在が発覚し、ブース脇のデスクに連れていかれた。すぐさま罰金を言い渡され、支払った。それで終わりで荷物検査のブースに向かいながら気がついたのは、領収書を発行しなかったことだ。「ポケットに入れやがったな」とわかったから、すぐさまデスクに戻り、ちょっとした嫌がらせをしてみたくなった。

 「あっちのブースで、ちゃんとカネを払ったという領収書を見せろと言っているんですが・・・」ウソを言うと、出入国係官はおびえた顔で、ポケットから取り出した札を私に返した。領収書を書くか、「そんなものは要らない」というか、どちらかだと思っていたのだが、どちらでもなかった。私は黙って自分の罰金を受け取り、荷物検査のブースに向かった。常習犯ではなく、「つい、出来心で・・」の犯罪だろう。