1642話 日本語ロック その1

 

 大瀧詠一の歌よりも作曲よりも、音楽雑話の方が大好きだった。もうだいぶ前のことだが、たまたまNHKのラジオを聞いていたら、大瀧詠一の特番をやっていて、以後、正月特番などで音楽雑話を何回も聞いた。「大瀧詠一の日本ポップス伝」や音楽関係者との対談、あるいはインタビューを楽しく聞いた。20年以上前の、あのラジオ番組をまた聞きたいと思っても、CD化されているわけではないから、どうしようもないと思っていたのだが、「もしかして、ユーチューブに・・」と思って調べてみると、全番組は無理だが、うれしいことにたっぶり記録されている。その日の午後の大発見がうれしくて、食事の時間を除いて、2日間ユーチューブの人となった。大瀧詠一が聞き手となるインタビュー特番や、大瀧教授の音楽講座など、じつにおもしろい。

 話のなかに興味深いテーマはいくつも出てきたが、ここでは以前から気になっていた日本語ロック論争の話を書いてみる。「日本語ロック論争」として、ウィキペディアにもでている有名な話だ。ここで詳しい解説はしないから、この論争をよく知らない人は、ウィキペディアの記述を参照してください。

 ユーチューブで大瀧詠一の番組を次々と聞いていると、候補番組に細野晴臣が語った番組があったので、休憩にこの番組を聞いた。

 「日本語ロック論争っていったって、(内田)裕也さんが一方的にケンカを吹っかけてきただけで、論争じゃないよ」と細野。ロックは英語で歌うのが当たり前、ロックのリズムに乗らない日本語で歌うなんてとんでもないという言いがかりだ。内田の標的ははっぴいえんど細野晴臣大瀧詠一松本隆鈴木茂)だ。

 はっぴいえんどのメンバーは、売られたケンカに立ち向かったのかというと、だいぶ違った。ラジオで大瀧詠一が語る。大瀧が好きな音楽は、ロックンロールやドワップなどアメリカン50‘S、映画の「アメリカン・グラフィティー」に出てくるような音楽だと言えばわかりやすいか。ビートルズが登場する前のアメリカのポップミュージックだ。そういう音楽を、アメリカ風の英語で歌うというのが大瀧の趣味で、細野は好きな音楽ジャンルは違うが、英語の歌をアメリカ人のように歌うということにふたりとも価値を感じていた。つまり、内田裕也の主張と基本的に変わらないのだ。

 ところが、「僕は英語の歌詞は書けないよ」と松本隆が言ったと、大瀧。それならば、大瀧と細野に英語の詞をどんどん書くという力はなく、はっぴいえんどの音楽は松本隆の詞で成立するという基本は守られ、日本語の歌が送り出された。内田裕也はステージでカバー曲ばかり歌い、結果的には「日本語派」の勝利に終わったのだ。

 その結果どういうことになったかという話を、NHKのラジオ番組で語っている。大瀧の主旨を前川が簡易に解説する。

 英語の歌が大好きだという人たちは、日本語の歌詞に英語を組み込んだ。そもそもは1950年代の翻訳ポップスの時代だ。アメリカの歌を翻訳して日本の歌手が歌うのだが、日本語の歌詞に元の英語の歌詞を挿入する。原曲のリズムそのままだから、「うん、かっこいい!」となる。例を挙げて説明する。

 これが、Jimmy Jones ”Good Timin’”

 これを坂本九が「ステキなタイミング」として歌う。英語日本語ミックス歌詞だ。この手のポップスは量産された。

 次の時代の話は、次回に。