1669話 「旅行人編集長のーと」に触発されて、若者の旅行史を少し その17

 続1970年

 

 私が作った旅行史年表の「1970年」の項に、「パリ三越開店」とあり、今回それに付け加えて、「ストアーズレポート編集長椎名誠海外初取材にして、初の外国体験」と加筆した。しかし、気になることがあった。椎名誠の初めての外国体験に関して、『屋上の黄色いテント』(椎名誠、柏艪舎発行、星雲社発売、2010)と『日焼け読書の旅カバン』(椎名誠本の雑誌社、2001)をヒントに、アジア雑語林612話(2014-07-25)を書いた。自分が書いた文章を再読すれば、「1970年開店」と書いた私の年表は間違いだという疑いがあり、再確認をすると三越の資料でもパリ三越開店は1971年8月15日だったとわかった。年表を訂正して、「誤記を見つけて、よかった、よかった」と喜んでいたのだが、それから先が大変なことになった。

 アジア雑語林612話を再読すると、1ドル360円最後の時にフランスに行った若きサラリーマンの財布を考察している。旅費は三越持ちだが、そのほかの費用は限りなく自費のようで、手取り3万円ほどの若いサラリーマンにとって、360円のドルは高かっただろうなと同情する。

 椎名誠の初めての外国体験をもっと知りたくて、『すっぽんの首』(椎名誠、文春文庫、2003)を取り寄せた。私は細部をきちんと書いておきたいタチだから、同時に誤りも多くなる。事実関係をあいまいなまま書いておけば、間違う危険が少ないのだが、できるかぎりはっきりさせたいという損な性分だ。

 この本の、「五万トンの紙吹雪」と「オペラ座通りの怪人」の2本が三越と流通業界誌「月刊ストアーズレポート」編集長椎名誠の関係を描いている。「五万トンの紙吹雪」は、日本武道館で開催された三越創業300年記念式典がいかにまがまがしくド派手だったかという話を書いている。バブルの時代はまだ遠い未来だったが、大金をかけたその式典がいつだったかは書いてない。

 「そのすべてにわたって型破りで巨大な式典はその年の十一月十三日に行なわれた」とあるが、「その年」が何年なのかは、書いてない。そこで、ネットで調べると、古本屋にその式典関連資料が販売リストに載っていた。

 三越創業300年記念式典関連冊子

 この資料によれば、式典は「昭和47年11月13日」とあるから、1972年だとわかる。

さて次は「オペラ座通りの怪人」という話で、内容は武道館の式典の翌年だとわかる。

三越岡田茂社長は前の年の日本武道館で創業三百年記念式典を成功させ、ますます鼻息を荒くし、次は海外にいくつかの拠点をつくるときだ、と景気のいい進軍ラッパをふきならしていた」

 その海外拠点の第一歩としてパリ店をつくることにした。業界誌編集長は、三越の費用持ちで初めての外国旅行に出かけたのである・・・が、あれ? おかしいぞ。

 パリ三越開店は1971年8月15日のはずだ。ウィキペディアだけでなく、三越のホームページでも確認した。創業300年式典は翌1972年だったが、上の文章は、その翌年、つまり73年にパリ三越が開店したことになる。

 ややこしいので、もう一度復習する。

 三越のホームページやウィキペディアでは、パリ三越開店は1971年8月

記念資料から、三越創業300年記念式典は、1972年11月だとわかる。

 しかし、椎名は記念式典の翌年にパリ三越が開店と書き、パリに行き、オープニングセレモニーなどを取材し、その成果を1冊にまとめたのが、「パリ三越新店舗開店、フランス三越ジャパンセンター開設記念グラフ」(1973年6月25日発行)となっている。これが1971年の間違いだとは思えない。パリ三越開店が1971年だと思っていたから、上に紹介したアジア雑語林612話が、とんでもない間違いだとわかった。大恥をかく赤面ものだ。私が何かの資料で読んだ「1970年パリ三越開店」説が誤りというのはもちろん、さまざまな資料に出てくる「1971年開店」説はどうなんだ。「パリ三越準備室開設」とか、「パイロット店オープン」といったものが「1971年開店」の意味だろうか。いまのところ、まったくわからん。

 少しは関係がありそうな話を書いておく。1990年代のなかごろだったか、バンコク西武百貨店が進出するという噂が流れた。テレビ東京の経済ニュースでその準備のもようが流れた・・というのは確かな記憶ではないが、スクムビット通りにコンビニ店舗くらいの広さの無印良品の店ができた。私は実際に店内に入っているから、間違いない。しかし、西武進出の話は流れ、出店することはなかった。タイにヤオハンが進出していた時代だ。

 まったくの想像だが、パリ三越の場合、ビルの一角を借りた小さな店が1971年に仮オープンし、本格的な店舗をグランドオープニングという形で、1973年にパレード付きの大々的なセレモニーをやったのかもしれないが、73年の堂々ではあるが滑稽なオープニング式典(『すっぽんの首』参照)のことは、恥ずかしいのか三越のホームページには出てこない。