1676話 「旅行人編集長のーと」に触発されて、若者の旅行史を少し その24

 戦後旅券抄史 2

 

 旅券発給申請書の話から始めよう。

 『実用世界旅行』(杉浦康・城厚司、山と渓谷社、1970)に、「一般旅券発給申請書」の表面(おもてめん)のコピーが載っている。これは、私が申請した書類とあまり変わっていない。

 パスポートは大別して、一般と公用にわかれ、公用に外交官用も入る。つまり、公用以外で出国する人が持つパスポートが「一般旅券」である。一般旅券には、1度しか使えないが、帰国するまで10年でも50年でも有効という一次旅券が普通で、業務渡航者などには特別に何度でも使える数次旅券が発給されていた。1970年に観光目的でも数次が取れるようになった。だから、1973年の私の申請書にも、旅券種類に「一次」、「数次」のどちらかを選ぶようになっていた。「数次」に〇をつけると、「その理由」という欄があり、いろいろ考えて、「将来も旅行をするから」と書いたが、その翌年にもそのまた翌年にも外国に行くとは思ってもいなかった。ただの、希望を書いただけだったが、「生涯最初で最後の海外旅行」とは考えなかったから数次旅券を申請したのだろう。

 1970年に誰でも数次旅券を取得することができるようになったが、個人旅行者でも一次旅券を取ったものが少なくなかったらしい。数次旅券の存在を知らなかったという理由もあるだろう。「生涯最初で最後の海外旅行だ」と考えていた人も多かったかもしれない。「数次の3000円は高いから」という理由で一次旅券を取ったという人に、旅先で実際に会ったことがある。旅がいつまで続くのかわからない、もしかすると日本にはもう帰らないかもしれないと思う旅行者にとって、「帰国するまで有効」という旅券は安上がりに思えたのだ。ただし、この旅券には大きな問題があった。申請時に渡航先を記入しないといけない。申請書の渡航先記入欄に「アメリカ」と書いたら、パスポートに「渡航国 アメリカ」と印字され、それ以外の国には行けない。アメリカに行ったついでにカナダやメキシコに行くということは許されないのだ。どうしてもアメリカ以外の国に行きたくなったら、日本大使館に行って、渡航国の追加を申請しないといけない。

 追加申請は面倒だし、カネもかかるのが嫌で、旅行社のタイプライターを借りて(タイプライターの時代ですよ!)、自分で渡航希望国名を書き足したという男に、1975年のスペインで出会った。

 「ほら、書体が違うでしょ」と、そのパスポートを見せた。アフリカの国名がいくつか太い書体で追加されていた。

 「一種の、偽造パスポートだな」というと、「そう、だから、スペインでパスポートが盗まれたことにして、新しいパスポートを作ろうかと思っているんですよ」

 そのあと、どうしたのかは知らない。再発行パスポートは数次に変更できたのだろうか。

 一次旅券所有者の不満を別の旅行者から聞いた。

 一次旅券は「帰国するまで有効」というものだから、入国書類の「パスポートの発行日」は記入できるが、「有効期限最終日」を書くことができない。

 「だから、その欄に”forever”と書いたら、イミグレの係官が「ふざけるな!」と怒るのよ。それで、一次旅券の説明をするわけだけど、『帰国するまで10年でも50年でも有効』という話が信じられないようで、まあ、めんどくさい」

 私は1973年に取った初めてのパスポート以降、いつも数次を取っているが、手元のパスポートを点検すると、初期のものには「この旅券は、発行の日から5年を経過したときに失効する」と日本語と英語で書いてある。明確に失効日が記入されているのは1992年発行のもので、「有効期間満了日 DATE OF EXPIRY」として、発行日から5年後の日付けが印字されている。