1704話 東南アジアと日本の若い旅行者 その5

 プラザ合意とガイドブック

 

 先進国の住民の海外旅行史にとって、プラザ合意は画期的なものだった。1985年9月、ニューヨークのプラザホテルに先進5か国の大蔵大臣があつまり、アメリカが輸出で増益をはかるためにドル安に移行することに合意した。アメリカの主張は、ドルが高いから、アメリカ製品が売れないのだから、安くすれば自動車をはじめアメリカ製品がよく売れるようになり、貿易赤字が解消されるというものだ。この合意により、ドルは一気に安くなり、日本人にとっては円高という時代を迎えた。参考までに、対ドル円相場の推移を書き出しておく。数字はその年の最高額。

1985年1月254円、12月200円。

1986年7月 154円

1987年12月 122円

1988年11月 121円

1989年2月 127円

1990年10月 129円

1994年10月 97円

1995年4月  83円

 蛇足ながら、あえて解説をしておくと、1985年1月に1ドルが254円だったのに、87年に122円になったのは、円が安くなったのではなく、ドルの価値が半分になり、日本円の価値が倍になったということだ。100ドルの商品が、85年1月には2万5400円だったが、87年12月には1万2200円になったという意味だ。10万円で20万円分の買い物ができるようになったということでもある。

 日本円が強くなった時代のガイドブック事情をおさらいしておこう。

 戦後に発売された東南アジアの旅行ガイドブックは、「JTBガイドブック」の場合、『東南アジア』の初版は1964年、『インド 韓国』は1972年らしい。実業之日本社の「ブルーガイド海外版」の『東南アジアの旅』は、1971年が初版。手元にある資料では、『東南アジアの旅』(パン・ニューズ・インターナショナル、1967)が古いガイドブックだ。1970年代の出版なら、ワールドフォトプレスから『タイの旅』などと東南アジアの旅行ガイドブックが次々と出版されたが、これらはツアー客向けのガイドだった。

 1980年代に入ると、個人旅行者用のガイドブックが出てくる。その最初が『オデッセイ トラベル ハンドブック 東南亜細亜』(水越有史郎、グループ・オデッセイ、1982)で、間もなく、「宝島スーパーガイド」シリーズがJICCから出版される。JICCは現在の宝島社だ。

第1巻は『タイ』(1983年)だ。何年も前から、ネット古書店で2万9980円で売り出しているが、売れない。*下の注参照。

第2巻『フィリピン』。奥付けがなぜか元号に変わり、「昭和57年初版」とある。1982年だ。

第3巻『インドネシア』(昭和58年)。1983年だ。

第4巻『シンガポール・マレーシア』(昭和58年)

第5巻『台湾』(昭和58年)

第6巻『香港・マカオ・広州』(昭和59年)

第7巻『中国・北京編』現物が手元になく、国会図書館でも確認できないが、初版は1985年だと思われる。

第8巻『中国・上海編』(1985年)発行年が元号から西暦に戻った。

第9巻『韓国』(1985年)

番外編

バンコク/パタヤビーチ』(1986年)

『バリ島』(昭和61年)

 いつもなら、出版情報の調査は国会図書館の蔵書検索を利用するのだが、この「宝島スーパーガイドアジア」の資料はほとんどが改訂版で、初版事情はわからない。幸い、私は現物を持っているのである程度は調べがついた。初版がないのは国会図書館に寄贈しなかった出版社の責任なのだが、検索した情報が変なのだ。これらのガイドブックは多くの書き手が原稿を書き、写真や地図を寄せ、「スーパーガイドアジア編集部」が編集し、JICC出版局が出版するというシステムだ。ところが、国会図書館の情報では、「ヌーベルフロンティア編」となっているものの、そういう編者の名は現物のこの本のどこにもない。謎の編者なのだ。アマゾンでも、「ヌーベルフロンティア編」になっているから、なおさら謎だ。

 このシリーズの最初の巻が『フィリピン』なのはどうしてかなと各巻の奥付けを確認していて、おかしなことに気がついた。『フィリピン』は初版が「昭和57年11月25日」で、2刷が「昭和58年5月25日」だ。『タイ』の初版は「1983年11月25日」で、2刷が「1983年5月10日」だ。初版よりも前に増刷しているのは、おかしい。奥付けの小さい文字をよく見ると「©1982」とある。つまり、初版は「1982年11月25日」なのに、「1983年」と誤って書いて、校正では見過ごしたということだろう。『フィリピン』が最初の巻ではなかったのだ。それはともかく、この『フィリピン』は、「読むガイド」として今でも評価できる。買い物ガイドやレストランガイドなどはないが、フィリピン理解には充分役に立つ・・・のだが、そういう情報は旅行者には不要で、文字が少なくカラー写真とイラスト満載の「るるぶ」的ガイドが商品的価値が高いのが、日本人向け旅行ガイドの実情だ。