1716話 東南アジアと日本の若い旅行者 その17 最終回

 旅行ガイドブックに思う

 

 最期に、また旅行ガイドブックの話をしたくなった。

1990年代の後半だったか、『地球の歩き方 タイ』を見ていたら、カセットテープ屋に関する記事があった。その当時、タイはまだCD屋ではなく、音楽はカセットテープで聞く時代だった。

 その記事で紹介しているのは、日本のポップスの海賊テープばかりで、「ここに行けば、日本のヒット曲がこんなに安く買える」といった紹介記事だった。たまたまその書き手を知っていたので、「タイ音楽には一切触れずに、なんで日本の歌の海賊版ばかり紹介したんだ?」と聞くと、「日本人はタイ音楽に興味がないから、日本の歌のカセット紹介にしてくれという編集者の要求だったんですよ」という返事だった。

 それから10年ほどたったリスボンでこの話を思い出した。

 ポルトガル語音楽(ポルトガルポルトガルの元植民地)のCDをチェックしたくて、ガイドブックを読んだ。ロンリープラネットの『ポルトガル』の「リスボン」には、たしか“Music scene”といったコラムがあり、CDショップやライブハウス紹介や、しばしば野外コンサートが開催される会場へのアクセスまで載っていた。リスボン地図にもCDショップが載っていて、まずその店に行き、その近所の店も教えてもらった。そのときの旅では『地球の歩き方 ポルトガル』も持っていて、CDショップがあるあたりを地図で探すと、ブランドショップが載っていた。それが、ロンリープラネットを使う旅行者と『地球の歩き方』を使う旅行者の違いなのだとよく分かった。

 『地球の歩き方』も読者の要望に応えた内容にしているのだから、商売上、それは正しい選択だ。日本人旅行者のおもな行動と興味は、観光地訪問のほかは、食べ歩きと雑貨などの買い物なのだから、「るるぶ」的ガイドが売れるのだ。だから、『地球の歩き方』がそういう読者を獲得しようとしているだけのことで、非難しているわけではない。いいとか、悪いとかいう価値の問題ではなく、日本人の旅行文化がそういうものだとだけのことで、どうやら東アジアの旅文化も同じような気がする。

 『地球の歩き方 30年史』を読んで気になったこともこの際、書いておきたい。『地球の歩き方』は翻訳されて、外国でも出版されている。中国語版は、「走遍全球」がシリーズ名、台湾の中国語版は「地球歩方」がシリーズ名。韓国は「Segyereul ganda 세계를 간다世界を行く)があり、上に「東アジアの旅文化も同じ」と書いたこととつながる。アメリカのポップミュージックは、日本で翻案されてから、アジアに広がってそれぞれの地の歌謡曲になっていったことや、韓国の建築や料理など西洋文化は、日本を経由することで定着したということなどを考えると、東アジアの人々の団体旅行や個人旅行の仕方は、一歩早く踏み出した日本にならって進んできたといえる。『地球の歩き方 30年史』には、そういった海外版のことが一切書いてない。「地球の歩き方」の研究書、『「地球の歩き方」の歩き方』(山口さやか・山口誠、新潮社、2009)に外国語版に関する記述があったという記憶がない。

 1990年代の末だったかもしれない。バンコクの古本屋で『地球の歩き方』を見つけたのだが、なんだか変だったのはハングル表記だったからだ。なかを見れば全部ハングルで、韓国版であることは明らかで、写真から『タイ』編だとわかる。紙面レアアウトは日本語のものと同じで、食べ物のコラムの写真も日本版と同じものだ。私が撮影したものだから間違いない。ちょっと前に、タイの食べ物のことなど依頼されて写真と文章を送った。その写真が韓国版に出ている。ここまで同じなら、違法な海賊版ということはないだろう。正式な翻訳出版なのだろうが、外国語版があることを書き手でもある私は知らなかった。

 帰国後、地球の歩き方編集部に電話して抗議をすると、「著作権は我々が持っているので、文章も写真も我々の判断で自由に使います」という、とんでもない返答だった。「お宅に、著作権を売った覚えはない!」と、即刻削除を求めた。そういうこともあったのだ。

 

 というあたりで、きりがないので、東南アジアと日本人旅行者の話は今回でおしまい。