タイの食文化と中国移民
例えば、「ドイツにおける中国料理の歴史」を考えるなら、「ある特定の料理が広く知られている」といった話題を提供すればいいのだが、「タイの中国料理」がテーマなら、ものごとは簡単ではない。思考の方向と深さを根本的に変えないといけない。その話は、このアジア雑語林1710話(2022-03-10)に少し書いたが、改めてきちんと書いておこう。
「タイ人は野菜を食べてこなかった」という事実に気がついたとき、タイの食文化が少しわかった気がした。ここでいう「野菜」とは「栽培野菜」のことだ。タイで暮らしていれば、その辺の原っぱや川辺や林に食べられる植物などいくらでもある。日本の事情にならえば、ワラビやゼンマイやツクシやタンポポやタラの芽やセリなどが一年中とれるということだ。キノコもタケノコもある。そういう山野草を生かゆでてタレをつけて食べるのが、日常のおかずだ。魚や貝や野鳥も昆虫や野生生物いる。内陸部には岩塩層がある。幸運にも、タイは自然の食料庫のような場所だ。コメさえ取れれば、食生活にはあまり困らない。
そういう場所に中国人が移住してきた。中国人には稲作は許されないから、自分たちが食べる野菜を植えた。まずは菜っ葉類だ。アブラナ科のほか豆やナス科といった具合に栽培を広げ、販売のルートを作る。つまり、農業に経済が関わってくる。ブタやニワトリを飼う。運送業や小売業や市場の経営もすれば、屋台や食堂も作る。それ以前に、鍋釜包丁まな板など調理器具や調味料も作って、売る。タイ人の家の庭にはパパイヤやマンゴーなどの果物の木があったが、中国人は果樹園を開くと同時に品種改良をして、より売れる商品を作る。小麦などの食品を輸入をして、国内産品の輸出もする。
稲作は収量を多くする気がなければ、肥料は要らない。川の水や雨水があれば、連作障害もなく栽培ができる。ところが、野菜や果物には肥料が必要だ。まずは人糞肥料で、次はブタなどの家畜の糞尿、そして化学肥料の製造だ。農業を考えるということは肥料を考えることであり、それは家畜やトイレを考えることである。だから、川や林やその辺で用を足すタイ人と、汲み取り式トイレを作った中国人のことなどを調べることになった。私はそうやってタイの食文化を調べてきた。
中国人は、買い集めてきたコメや輸入した小麦で麺を作り、それが屋台で使われる。あるいは、工場で菓子を作り、全国で販売する。ここ200年ほどの食文化史をごく簡単にまとめれば、こういうことになる。タイの、カネに関するすべてのことは中国人が関与しているから、食文化でも同じなのだ。魚醤油のナンプラーはタイで生まれた調味料だが、工場で大量生産して販売しているのは中国系タイ人だ。
だから、タイで食べられている中国料理の何品かを取り上げて、「タイにおける中国の食文化の影響は、こういう事情です」というこの本の解説では、まったくのオソマツなのだ。