1724話 無理を重ねた『中国料理の世界史』 その7

 パッタイ誕生のいきさつ」を疑う 上

 

 前回紹介した「パッタイ誕生のいきさつ」を点検する。

まずは、の、コメ不足の対策としてクズ米を麺状に加工して食べることをタイ政府が奨励したという話は、とても信じがたい。コメが不足しているから、クズ米をわざわざ手間ひま費用をかけて麺に加工する意味はあるのか?

 日本で言えば、戦後の食糧不足に対して、政府が「クズ米をビーフンに加工して、炒めて食べなさい」と、もし言ったら、変だろ。自宅では加工できないのだから、加工工場にコメを集め、ビーフンに加工して販売する? そのビーフンを家庭で炒めて食べろというのか。当時のタイでは、まだ家庭にフライパンはそれほど普及していない。「炒める」という料理技術も、中国人のものだ。

 そんな手間をかけて、クズ米を加工して売る意味がわからない。増量を考えるなら、粥かイモや未熟バナナなどを加えて雑炊というのがもっとも普通の考えで、すぐにできる。費用もかからない。そんな簡単なことに、岩間氏はなぜ気がつかないのか。

クイティアオというのは、中国語で「粿条」と書きコメを原料にした麺をさす。東南アジアでも広く食べられているが、タイではその太さによって、ビーフンのクイティアオ・センミー、幅広の生めんがクイティアオ・センヤイ。パッタイに使うのは、ベトナムライスペーパーを細切りにしたものと言えばわかりやすいクイティアオ・センレックという中細麺だ。小麦を原料にしたものはバミーあるいはミーといい漢字なら「麺」だ。狭義ではクイティアオに含まないが、広義では「麺類」という意味で、この麺もクイティアオに含める。「麺」とは、もともと小麦粉のことで、のちに「小麦粉を原料にしたヒモ状のもの」という意味になり、コメが原料なら「麺」ではないという基礎的な話はここでは掘り下げない。

 政府は、このクェイティアオを「炒めて食べることを奨励した」というのだが、1930年代や40年代の家庭に中華鍋があるのは、中国人家庭だけだろう。多分、タイ人家庭には中華鍋はまだほとんどない。そして、当時は、タイ人は手食をしていた時代だ。スプーンとフォークも、まだ使われていない。炒めた麺は箸で食べるのが普通だから、タイ人には作れないし食べられないパッタイを、「中国の麺料理と区別する目的で、タイの麺料理としてパッタイが生まれた」という説明はおかしい。

 パッタイの料理法を見る。「大豆豆腐」というのは、なんだ? ゴマ豆腐とかタマゴ豆腐というのは日本にあるが、わざわざ「大豆」と断った意味がわからない。もしかすると、英語の参考文献にあった”soybean curd”を翻訳したのか? ニラやネギではなく「ニンニクの葉」を普通に使っていた時代があったのだろうか? 「生のモヤシ」とわざわざ書いているのもわからない。

 現在の屋台のパッタイに入れるのは、もちろん店によって多少違うが、チャイポー(大根の塩漬け)のみじん切り、中国語では黄豆腐、タイ語ではその直訳で、トーフー・ルアンという黄色い豆腐の賽の目切り、乾燥エビ(中国料理で使う高い干しエビではなく、干したサクラエビに似たエビ)、ニラ(あるいは細ネギ)、モヤシにタマゴ。もちろんクイティアオ。味付けは、ちゃんとした店なら酸味としてタマリンドの果肉の汁(屋台ならただの水)、砂糖、ナンプラーなど。出来上がった料理を皿に盛り、生のままのモヤシとニラ、ライムやバナナのつぼみを添える。砕いたピーナッツはいっしょに炒めるか、ライムなどとともに料理の脇に盛る。

 パッタイの動画は数多くあるが、日本人の手によるものは日本人向けにアレンジされている。タイの屋台や食堂の動画も多くあるが、解説付きのものはあまり多くなく、しかも料理人によって作り方がかなり違うので、「標準」を決めにくい。それは承知で、英語の解説がついた動画を紹介する。ナムプラーを使わないというのが、この料理人のやり方らしい。あるいは、こういう動画

 こうしてパッタイに使う食材を眺めれば、「もともとタイ産」、あるいは「中国人とは無関係」と言えるのは、タマリンドと魚醤と砂糖くらいなもので、しかし、魚醤も砂糖も生産や販売は中国人の手によるものだ。チャオポーというのは、日本人の目にはタクアンにしか見えない食材で、潮州語の「菜脯」が語源で、干した大根を塩漬けにしたもの。そのまま食べることはなく、パッタイに入れることが多い。そもそもタイには大根もなかったのだから、大根の漬け物を入れた焼きそばを、「これぞ、タイ料理」と宣言するおかしさがある。

 そもそも「麺を炒める」という料理でありながら、「反中国の愛国的タイ製料理である」と宣言するのはおかしいと、私はかねてから考えていた。前回紹介したパッタイ誕 生説に、岩間氏は「クェイティアオをパッタイに代えたのは・・・」と書いているが、クイティアオは麺の種類で、パッタイに使う麺も多くはクェイティアオと呼ばれる麺なのだ(ここではセンチャンという麺のことには触れない。拙著『タイの日常茶飯』ですでに書いた)。日本人にわかりやすく言えば、「ちぢれ麺をみそ味豚骨ラーメンに代えて・・・」と言っているようなものなので、意味のある文章になっていない。

 この話、長くなるので次回に続く。