台湾の本と言えば、食べ物、小説、建築が、今の3本柱かもしれない。
「台湾の建築の本がかなり出ていますね」と、『味の台湾』の翻訳者川浩二(かわ・こうじ)さんにすると、「建築の本ばかり出ても困るんですが・・・」と言って笑った。たしかに、かたより過ぎている。建築の本をざっと挙げれば、こういうラインアップだ。
『植民地建築紀行: 満洲・朝鮮・台湾を歩く』(西澤泰彦、吉川弘文館、2011)
『台湾レトロ建築案内』(老屋顔、西谷格訳、エクスナレッジ、2018)
『台湾名建築めぐり』(老屋顔、小栗山智訳、エスクナリッジ、2019)
『台北・歴史建築探訪ー日本が遺した建築遺産を歩く』(片倉佳史、ウェッジ、2019)
『時をかける台湾Y字路 ──記憶のワンダーランドへようこそ』(栖来ひかり、ヘウレーカ、2019)
『台湾レトロ建築さんぽ 鉄窓花を探して』(老屋顔、小栗山智訳、エクスナレッジ、2021)
これらの本はすべてアマゾンの「ほしい物リスト」に入っているのだが、まっさきに買ったのは『台湾 路地裏名建築さんぽ』(鄭開翔、杉浦佳代子訳、エクスナレッジ、2020)だ。
上に挙げた本に共通しているのは、「昔の建築物」ということで、その多くは「日本時代万歳」という色合いがあるのだが、私が真っ先に買った本は、そういう傾向の本ではない。書名の「路地裏、さんぽ」から、「路地」の「散歩」の本だと思って注文したのだが、内容はだいぶ違う。画家である著者の好みは、今にも朽ち果てようとしている家であり、老朽化してはいるが現役でなんとか使っている家のスケッチ集だ。台湾の建築を読むヒントになる「鋼板の家」、「ステンレスの貯水塔」、「コンクリート製の装飾ブロック」、「コーラルストーン」といったキーワードの解説もある。私がもっとも注意して読んだのは看板だ。
「俏護士の家」という看板を掲げた古い家のスケッチが載っている。この看板は、台湾の男たちの目を釘付けにするという。「護士」は、看護師のことだが、その前に見たことがない文字がついている。辞書で調べれば、「おしゃれな」、「気が利いた」などという説明があり、「俏護士」を画像検索すれば、こういう写真が出てくる。この店はセクシー衣装の店という感じではなく、うらぶれた商店でしかないから、「目がくぎづけ」の感情は外国人には理解できない。
ここで問題となるのは、ひらがなの「の」だ。私の記憶では中国語の「的」の代わりに日本語の「の」を使うのがおしゃれということになるらしいと気がついたのは1980年代だっただろうか。最初は、中国語の文法を離れて、不必要に「的」をよく使うようになり、その後「的」は「の」に変わる。「之」も使ったことがあると思う。まあ、日本で言えば、「で」を、なんでも「DE」と書いているようなものか(パンチDEデート)。
台湾は、日本人にとってもっとも旅しやすい国かもしれない。中国語をまったく知らなくても、看板を見ればすぐわかることが少なくない。「珈琲・冷飲」、「美容院」、「理髪」、「雨傘」、「鮮花店」などいくらでもあり、多少学ぶと、「洗衣」の看板があるのはコインランドリー、「全年無休24H」は説明不要だろう。
地下鉄の駅名が読める。バスの行先表示が読める。鉄道駅の時刻表が読める。発音はわからなくても、ノートに地名を書き、ここに行きたいというジェスチャーをすれば通じる。日本人にとっての台湾も、台湾人にとっての日本も、文字という点ではとても相性がいい。