台湾に「冰果室」(ピングォスー)という飲食店がある。ほかに、「冰菓室」、「冰果店」、「冰菓店」という表記もあるらしい。狭義には「かき氷屋」だが、冬に軽食も出す。喫茶店など台北のような大都市のホテルにしかなかった時代、このかき氷屋は喫茶店の役割りも果たしていたらしいといった情報は、『台湾レトロ氷菓店』(ハリー・チェン、中村加代子訳、グラフィック社、2019)で知った。著者は台北生まれのCDデザイナーで、喫茶店関連の著作があるが日本語への翻訳はこの本だけ。
古い建物をリフォームした「レトロ・モダン」の店ではなく、60年から90年くらいはたっていそうな建物をそのまま使っている店で、わざわざ「おしゃれ」に見せていないところがいい。
残念な点を先に書いておくと、「台湾カキ氷史」にまったく触れていないことだ。台湾のかき氷は、日本人がもたらしたものだろうが、日本時代のかき氷の話から書いてほしかった。拙著『東南アジアの日常茶飯』(1988)で、東南アジアのかき氷事情に少し触れた過去があり、それ以後も関連資料を読んでいないのでぜひとも知りたかったことだ。『かき氷のアジア史』といった資料を昔から探しているのだが、どうやらそんな本はないようだ。
上に書いたように、台湾のかき氷屋店の名はいろいろあるが、ここでは日本語訳の「氷果店」とする。おそらく日本時代からある3本柱は、かき氷に紅豆(アズキ)、緑豆(リョクトウ)、芋頭(ユートウ、タロイモの砂糖煮)をのせたもので、時代が移るにつれ、アイスクリームや各種果物をのせて、メニューが増えていく。この本は、古くからある台湾全土の氷果店を紹介しているのだが、主たるテーマはかき氷の味でも作り方でもなく、経営者の人間物語である。それは本文を読んで味わっていくのだが、数多くの店内写真のメニューを読むことが、私のもうひとつの楽しみだった。店内の写真も、いい。1970年代の台北で、氷果店によく行った。同じ宿に泊まり合わせた陳さんとおしゃべりをするために、暑い夜をかき氷を食べながら過ごした。果物をよく使うというのは、台湾のかき氷の特徴だという記憶がある。
特に勉強したわけではではないが、メニューの7割くらいは、わかる。残り3割は、「そもそも、そんな漢字は知らないよ」だったり、「漢字は知っているが意味がわからない」というものだが、さて、個々に読んでみようか。
木瓜(パパイヤ)や西瓜(スイカ)。こんなのは、簡単カンタン。奇異果汁という字は見たことがないが、にらめば「キウイ」だとわかる。酪梨? わからん。この字を見たことがないから調べると、アボカドか。次は、布丁牛奶。牛奶は牛乳のことだとわかるが、布丁とは、なんだ。調べればプリンのことだが、「牛乳プリン」じゃ、わからない。画像検索すると、プリンそのものと、牛乳にプリンを入れた飲み物も意味するらしい。
番茄切盤というのは、「トマトを切ったもの」と想像し、その通りなのだが、切ったトマトに、甘草(カンゾウ、マメ科)、砂糖、おろしショウガ、醤油を混ぜたタレをつけて食べるという。あんまり食いたくないなあ。台湾南部の食べ方だそうだ。
台南の「銀鋒」という店に、「紅豆月見牛奶冰」というメニューがある。甘く煮たあずき、ミルク入りかき氷はわかるが、「月見」とは、なんだ。文章の説明と写真の情報を加えると、こういうものらしい。バナナ風味の冰を削り、器に盛る。そこに煮たあずきをのせ、その中央に生の卵黄(!)をのせる。おお、日本の「月見」のままか。
こんな中国語遊びをしながら読んだので、えらく時間がかかったが、楽しかった。この本は、スケッチやスナップ写真を文章で表現した本だから、「ちょっといい話」もある。アマゾンで安く買えるので、今すぐ、どうぞ。
台湾のマンガ『用九商店』(ルアン・グアンミン、沢井メグ訳、トゥーヴァージンズ)の第1巻を読み、この本を原作にしたテレビドラマ「いつでも君を待っている」の第1回をGYAO!で見た。テレビドラマは、1960年代からの台湾の歴史で、マンガとはかなり違う内容だ。
そういう、風薫る5月。
初夏に、ちょっと幸せな気分になりたかったら、台湾の本を読むといい。