日本国内をあまり旅していないのは、日本ではつましく暮らし、そのカネで外国の取材資金資金にしたいという基本方針があったからだが、日本にあまり関心がなかったからともいえる。私は風光明媚・神社仏閣・名所旧跡にはほとんど興味がなく、街をただほっつき、おもしろそうな物事を探すのが好きだ。散歩がおもしろいといえば、日本では大阪以上におもしろい街はないから、足はどうしても外国に向いてしまう。この感覚をわかりやすく言えば、刺激の度合いが日本と外国では大きく違うということだ。
そんな私でも、「ちょっと見てみたい」と思う風景はある。青森の岩木山の四季は美しそうだが、5分で飽きるかもしれない。春の富山市に立ち、日本海と雪のアルプスの間に立つのもちょっと心が動かされる瞬間だろうが、まあ10分だな。大学時代から沖縄に何度も通い、沖縄の本も書いている友人に、「那覇は、ひと月いて楽しい街かなあ」と聞くと、「それほどおもしろくはないよ」という返事だった。何か調べたいことがあって滞在するならいくら時間があっても足りないが、「ただ、ぐだぐだと居る」という私の旅だと、「ひと月は退屈」と判断したようだ。エメラルドの海だって、1時間で飽きる。沖縄そのものはおもしろいと思うし、のんびり旅をするのはいいと思うが、テレビで見る1時間の「沖縄の旅」は感動的に美しくても、ダイビングも釣りもしない私には、やはり数日で飽きると思う。とはいえ、「もしも移住するなら」という設問なら、「何と言っても沖縄」と言いたい気はするが、多分、すぐ飽きる。大阪は散歩は楽しいが、池田市や吹田市だと、東京近郊に住むのとあまり変わらない。
滞在ではなく、乗り物に乗るという体験なら、もう少し長い時間楽しめそうだ。乗り物といえば唯一心残りなのは青函連絡船だ。高校2年生の夏だった。私は東北地方ひとり旅をしていて、ねぶた祭の日に青森に着いた。青森駅の端は港で青函連絡船が停まっていた。そのままホームを進めば船に乗って北海道に行くことができる。その船賃は何とかなっても。路銀はそれで尽きる。「いつか青函連絡船で北海道に行きたい」とは思っていたが、1988年にその営業を終えた。ソビエト船で津軽海峡を横断したことはあるが、連絡船で縦断することはついになかった。
連絡船といえば、瀬戸内海に橋がかかり。宇高連絡船も無くなったと思っていたが、たまたま高松にいたときにまだ連絡船があるとわかった。高松から関西に行くには、淡路島ルートや瀬戸大橋ルートといったバスや鉄道を使った移動方法はあるが、ここはやはり船だろうと、高松から岡山の宇野に北上する宇高連絡船に乗った。すでに船で沖縄に行ったし、韓国の釜山と山口県下関を結ぶ関釜フェリーにも乗ったから、船遊びは思い残すことは、大阪などに残っている渡し船くらいか。
路面電車が好きだ。路面電車が走っている規模の街は、街を歩いていても気分はいい。路面電車がある街に行けば必ず乗ってみたいとは思いつつ、あわただしい取材スケジュールのなかで乗りそびれた電車もある。
乗りたいと思いつつまだ乗っていないのは・・・、
札幌市電、函館市電、富山軌道線、富山港線、高岡軌道線、豊橋市内線、京阪電気鉄道大津線、岡山電気鉄道、とさでん交通。
この中で、もっとも乗りたいのは函館市電だな。路面電車だけでなく、「雪の北海道を鉄道で行く」という旅もしたいが、「車窓から雪しか見えないんじゃ、あまりおもしろくないか」とも思う。
駅巡りをしたくなる駅は、日本にはほとんどない。たとえば、チェコのプラハ駅のような味わいのある駅は、日本では破壊されて、経済的要求から駅ビルになっていく。京都駅も大阪駅も、鉄パイプとガラスのつまらない駅になり、味わいなどみじんもない。全国の駅の写真から、駅名看板を消してしまえば、駅マニアでなければ、東京駅や上野駅以外、どこの駅かほとんどわからない。建築家が作りたい鉄パイプとガラスの建造物が、日本人が好きな駅の姿なのだろうか。鉄道愛好家が文句を言わないのはなぜだろう?