長距離バスには貧乏人と軍人が乗っていた。軍人は入除隊や休暇で、自宅から部隊へ、部隊から自宅への移動に利用していたのだ。だから、アメリカ映画の兵隊モノには、グレイハウンドバスがよく登場する。刑務所から出所するシーンにも、グレイハウンドバスの姿があったような気がする。
思い出が次々と姿を現す。「カンザスシティー」という地名が記憶に出てきた。あれは、多分デンバーだ。街のバスターミナルのカウンターで、「カンザスシティー」と言って発券を求めたら、「どちらの?」と聞き返された。何を言っているのかわからないので不審な顔をしていたら、”Kansas city Missouri or Kansas city Kansas ? “と言うのだが、私がまだ不審な顔をしているので、「カンザスシティーはふたつあるんだよ」と説明した。バッグから取材手帳を取り出し確認すると、私が取材で訪れるのはミズーリ州のほうのカンザスシティーだとわかった。カンザスシティーと言えば、カンザス州の州都なのは当たり前と思うのは外国人だけで、事情はちょっと複雑なんだよと、ミズーリ州のカンザスシティーに行ってから住民が説明してくれた。
ミズーリ州の州都はジェファーソンシティーという小さな街だが、代表的な大都市はイリノイ州との境にあるセントルイス市とカンザス州との境にあるカンザス市である。つまり、ミズーリ州の大都市は東端と西端にあり、地理的中心地には人口4万ほどのジェファーソンシティーがあるという変な形態になっている。ミズーリ川を挟んで、ミズーリ州のカンザスシティーとカンザス州のカンザスシティーがあるから、よそ者にはわかりにくいのだ。皮肉なもので、ミズーリ州のカンザスシティーの方が有名な大都会で、「美しい街」という印象がある。
前置きの説明が長くなった。
ミズーリ州カンザスシティーでの取材を終えて、ついでだから カンサス州のカンサスシティーも見ておきたくなって行ってみた。そこは、さびれた印象で、1泊したいような街ではなかった。滞在数時間ほどで、バスターミナルからセントルイス行のバスに乗った。乗客は私以外に少年のような若者がひとりだけだった。「話しかけるんじゃねーぞ!」という光線は発していないので、話しかけてみた。少年が口にした行先の地名に、心当たりはない。
「旅行?」
「いや、入隊するんだ。ここにロクな仕事がないから」
ベトナム戦争が終わって5年たっていて、すでに徴兵制はなくなっていた。
「軍人になれば、除隊後優遇措置があるんでしょ?」
「それ、GIビルのこと? そんなの何にもないよ」
GIビルというのは退役軍人援護法のことで、1980年当時どういう事情にあったのかは知らない。その昔、貧しい少年はまず軍隊に入り、除隊後GIビルで大学の授業料免除待遇を受けていたのは知っている。国民皆保険制度のないアメリカでは、医療費は高い。軍人になれば家族にも保険が適用されるといった優遇制度もあった。小説と、その小説を映画化した「シンデレラ・リバティー」は、子供の歯をタダで治療してもらいたくで兵士と結婚しようとするシングルマザーが出てくる。「軍人と結婚すれば、医療費がタダ」というセリフがあった。
バスの中の思いつめたような表情の少年は、「将来の希望」よりも「家族のため」を考えているように見えた。
この若者は、映画「ラストショー」(1971年)のティモシー・ボトムスのイメージと重なった。