1770話 経年変化 その1

 

 昔から、正座して食事をすることになっていた。初めは親のしつけだが、正座して食事をするのは好きだった。朝食だけは書斎で食べるから椅子に座っているが、椅子にあぐらをかいていることも少なくない。

 ある日のこと、食事を終えて立ち上がろうとしたら、ヒザに激痛が走り、うつむいたまま30秒ほど耐えた。痛みはすぐ消えた。その翌日の昼食後にまた膝に激痛が走り、数分経っても痛みは消えず、ヒザが腫れてきた。

 すぐさま近所のクリニックに行くと、医者は「はいはい、カレイによるものですね」と軽く言った。カレイが華麗ではもちろんなく加齢だと気がつくのに数秒かかった。畳針のように太くて長い針を膝に差し入れた。「注射の前に麻酔をしてよ」と言いたかったが、じっと我慢した。かなりの量の水を抜いた。

 「加齢によるものなので」ということで、特に治療をすることもなく、今日に至っている。あの日以降、怖くて正座はしていない。

 近所のおばさんが足を引きずって歩いている。「どうしたんですか?」と聞くと、「ヒザが痛いのよ」という。ヒマを持て余したのか、世間話になる。「テレビや新聞なんかで、ヒザの薬の宣伝しているじゃない。その薬が本当に効くんだったら、この世界からヒザが痛くて苦しんでいる人はいなくなるはずじゃない。ウソばっかし!」。

 腰骨がちょっと痛かったことがある。ぎっくり腰の恐怖というのはラジオでしばしば聞いていた。先日ラジオで聞いたのは、あるタレントが自宅のトイレに入り、トイレットペーパーを取ろうと体をちょっとひねったら、腰に激痛が走り動けなくなった。「トイレにいるんだから、トイレも水もある。そんなに心配しなかったけど、トイレに4時間いましたよ」。そういう腰痛体験談は何度も聞いている。

 だから、症状が悪化しないうちに整形外科に行った。レントゲン写真を見ながら、医者がいう。「背骨がちょっと曲がっていますね」。十代からショルダーバッグを愛用しているからだろう。「腰が痛いというのは、カレイによるものですね」という。またカレイだ。シップを処方され、今日に至る。無理な姿勢をしないなど注意して生活しているからか、幸いにして、以後腰に激痛はないが、素早い動きは激痛を招きそうで、動きがぎこちなくのろくなった。つまり、年寄りの動きになったということだ。

 エストニアにいた時だ。セキが止まらなくなった。タリン駅近くに薬局があったのを思い出し、散歩がてら行ってみた。店員と英語にジャスチャーを加えて会話すると、シロップ状のものとスプレー式のものとふたつあるが、どちらがいいのか聞いているらしく、スプレー式の薬を買った。

 せきは数日でおさまったが、帰国してしばらくするとノドの症状が悪化した。トウガラシを食べるとむせるのだ。舌はなんともないのだが、飲み込もうとするとノドが拒絶する。トウガラシが大好きな私が、辛い料理がいっさい食べられなくなったのだ。お子ちゃまカレーかよ。あ~いやだ。

 病院で定期診断を受けているので、担当医にノドの話をすると、その場で耳鼻咽喉科に予約の電話を入れてくれて、検査となった。医者は私のノドを見て、「念のため、きっちりと調べましょう」と言って、CT検査の予約を入れてくれた。検査のあと1時間ほどして、ふたたび咽喉科医と面談。「わるい病気かもしれないと思い検査したんですが、カレイによるものでした」。

 「で、治療は?」

 「なにも」

 「薬は?」

 「加齢が原因ですので、なにもありません」

 要するに、老朽化しているので、もうどうしようもありませんということだ。テレサ・テンが頭に浮かんだね。「時の流れに身をまかせ・・・・・」

 あるいは映画「カサブランカ」の曲、"As Time Goes By"(時の過ぎ去るままに・・・)

 あっ、沢田研二も浮かんだが、もういいか。

 その後、辛い料理はもとどおり食べられるようになったが、むせることがときどきある。