1776話 経年変化 その7

 

野菜

 昔の野菜は苦く、臭く、堅かった。私の子供時代でも、キュウリは苦く、トマトはすっぱかった。生のまま食べられるニンジンはなかった。

 野菜の味でいつも思い出すのは、ジャンポール・ベルモンドの映画だ。「オー」だったかどうかはっきりした記憶はないが、ベルモンドが刑務所にいる。タマネギを生でむしゃむしゃ食うのを見た看守は、「これは狂ったな」と判断して刑務所から出すというシーンがある。タマネギを生で食うと、狂人扱いされるという描写に説得力があるかどうかわからないが、ヨーロッパ人は長年生野菜は食べてこなかったらしい。地中海地方を除くと、生で食べられるような柔らかく、すっきりした味の野菜はなかったかららしい。

 小学校入学前だったと思うが、母は庭で栽培したトマトを食卓に出したが、うまくなかった。どうやって食べたか記憶にない。砂糖をかけたのだろうか。やはり庭で栽培していたピーマンを炒めて食卓に出てきたことがある。この青臭さがつらく、「これは食べられない」と言うと、「嫌なら食べなくてもいい」というから、「それなら、食べない!」と宣言して食卓を立った。「ピーマンが嫌なら、卵焼きでも作ろうか」などと甘いことを言う母ではないので、私は意地を張り、夕食を食べなかったのだが、食い意地の張った腹減りのガキには、つらかった。それ以後、ピーマンは「お付き合い」程度に少し口に入れた。10代後半には、ピーマンは何の抵抗もなくなったが、ピーマンもニンジンも、生で食べられるようになるのはまだ先の話だ。

 子供の頃から嫌いで、今でも変わらず口にしないものといえば、フキノトウだ。山椒の葉(このめ)も苦手で、のちにタイでパクチーに出会うのだが、この類の臭気植物が苦手だ。あるとき、パックいりのうなぎに粉山椒がついていて、味も香りも確かめずに捨てるには忍びず、小袋を切って、粉山椒をウナギにふりかけると、「うまい!」。香辛料が大好きだから、粉山椒は気に入り、常時2本くらいは買い置きしている。中国産の花椒なら安いが、ざらざらしているものが多く、香りも乏しい。その昔は、「香りではなく臭気だ」と思っていた山椒が、今では大好物になっているが、山椒の葉は、多分今でもダメだと思う。

 タイ人はハーブをむしゃむしゃ口にしながら食事をするのが好きだが、私はパクチーはもちろんほとんどのハーブが苦手だ。ミントは、アイスクリームなどにのっているのはいいし、ガムの香料に使っていてもいいのだが、炒め物や飯といっしょに口に入れたくない。そういう経験があるので、モロッコのミントティー(中国産緑茶に大量のミントと砂糖を入れた飲み物)を敬遠していたのだが、モロッコでのある暑い日に、喫茶店でミントティーをうまそうに飲んでいる男の姿を見て、「私も、これ」と注文した。テーブルに運ばれてきたミントティーを飲むと、乾ききった空気に甘いお茶がよく合う。たちまち飲んで、お替りした。以来、ミントティーは何杯も飲むことになった。

 ロッコ北部、タンジェの喫茶店で。