1820話 サハラ砂漠やチゲ鍋といった表現について

 

 「サハラ」は沙漠という意味だから、「サハラ砂漠」はおかしい。

 「チゲ」は、韓国料理のひとり用鍋物のことだから「チゲ鍋」はおかしい。

 モロッコの「タジン」は、円錐形のフタがついた土鍋のこと。あるいはその鍋を使った料理のことだから、「タジン鍋」はおかしい。

 こんな知ったかぶりはまだできるだろうが、近頃、「でもなあ・・・」と思うようになった。

 もうだいぶ前の話だが、書店で文庫本をあさっていた時、ケープコッドを舞台にした小説の「訳者あとがき」を立ち読みした。なぜその小説を手にしたのか覚えていないが、作者に興味があったのかもしれない。

 ケープコッドはアメリカ・マサチューセッツ州の地名で、ケープは岬、コッドはタラのことだから、直訳すれば「タラ岬」となる。これを翻訳者は本文で「ケープコッド岬」と訳した。もちろん原語の意味はわかったうえで、日本人の誰もが「ケープは岬のこと」と知っているわけではないのだから、岬で起きた出来事だということをはっきりさせるためにあえて、「ケープコッド岬」としたという意味のことを書いていたと記憶している。

 特に理由もなく、突然そんな昔のことを思い出して、考えた。「もし、日本を舞台にした小説が外国語になるなら」という連想が沸き上がってきた。

 英語の文章だとする。山の名前ならどうだ。Mt.Fujiが富士山だということはよく知られているが、その例にならってやっていいのか。

 北岳(きただけ)はMt.Kita?

 立山(たてやま)はMt.Tate?

 白山(はくさん)はMt.Haku?

 大山(だいせん)はMt.Daiか?

 それなら、北海道の昭和新山はMt.Shouwasinか? 山形の月山(がっさん)はどう書くのかといった問題が出てくる。。

 だから、「間違いだ」と指摘されても、Mt.Kitadake、Mt.Tateyama , Mt.Hakusan、Mt.Gassanなどと書きたい。

 川で言えば東京の荒川が、Ara Riverでは座りが悪い(余談だが、いま荒川の英語表記を巡って調べていたら、アイルランドアラ川があることを知った)。同じ方式でローマ字表記をするなら、中川や淀川や紀ノ川なども座りが悪い。

 日本を舞台にした小説なら、説明を補ってKino Riverという表記もありうるが、ガイド的な文章なら山も川も通りの名前も日本語名にそれぞれの外国語で「山」や「川」だとわかる語を補った方がいい。

 とは言え、固有名詞は外国人には難しい。イタリアとフランス国境にあるヨーロッパ最高峰の山を、フランス語ではMont Blanc、イタリア語ではMonte Biancoという。いずれも「白い山」という意味だから、「モンブラン山」とすると、「モンは山のことだからおかしい」と指摘する人がいるかもしれない。日本語の文章では「ブラン山」と訂正するか? モンブランくらい有名な山なら、「モンブラン山」としなくてもわかる日本人は多いかもしれないが、ほかの山、ドイツやイタリアなどの山だとどうするかという問題も考えると、基本的に「山」や「川」や「岬」といった語はつけた方がいいという考えが強くなってきた。

 そういうわけで、「チゲ鍋やタジン鍋を笑って、知ったかぶりをするな」という考えになってきたという昨今である。