「社会実情データ図録」というサイトの清涼飲料の生産推移という資料を読むと、いろいろわかってくることがある。
缶入りのお茶は発売当初の1980年代は、あまり売れていなかったのではないかという私の印象は、資料で裏付けられた。1988年の清涼飲料の生産量で、茶飲料(緑茶と紅茶だろう)よりも売れていないのは、ミネラルウォーターしかないのだが、その後茶飲料は急激に販売数を伸ばしている。1500ccのペットボトル入り茶飲料が発売された1990年以降も伸び続け、92年には果実飲料を抜き、93年ごろにはコーヒーを抜き、94年になると炭酸飲料も抜き、清涼飲料でもっとも売れているのが茶飲料だということになった。つまり、500ccのペットボトル誕生前に、すでに茶飲料が急激に売れているということだろう。ただし、その消費場所が居酒屋などの飲食店なのか、自動販売機や家庭での消費なのかはわからない。
上で使用した資料には、「茶系飲料の内訳の推移」というグラフもある。麦茶が低空飛行を続けているのは予想通りだ。ブランド茶や紅茶は、1996年あたりからほぼ横ばいだ。2000年あたりに、緑茶が一気にウーロン茶を抜き去り、単独1位になっている。
「急須のない家庭が増えているから、いずれ日本人は日本茶を飲まなくなるかもしれない」という茶業界の危機感は、まったく逆方向に進展した。急須でいれた熱いお茶を飲む機会は減ったが、お茶そのものは、もしかすると以前よりも飲むようになったのかもしれない。若い層は、「湯呑で飲む熱いお茶」を知らないかもしれない。自販機の「温かいお茶」は知っていても、「ふーふー」と吹いて冷まして飲むお茶は知らないかもしれない。
ペットボトル入りのお茶を飲む時代になって、変わったことはいくらもあるだろう。会社や役所などで、女子社員は早く出社して、全員にお茶を入れるという悪習はだいぶ減っただろう。「飲みたいものがあれば、各自勝手に」という風潮になってきた。テレビで会議風景を見ていると、机の上にお茶のペットボトルがのっているのが今や普通で、「あっ、この会議は、『おーいお茶』か」などとブランドが気になる。テレビドラマの場合なら、広告スポンサーの商品が登場するだろう。
テレビ番組「孤独のグルメ」を見ている人なら気がついているように、酒を飲まない主人公井之頭五郎は、飲食店に入り「お飲み物は?」と聞かれると、「ウーロン茶を」と注文している。ペットボトルのウーロン茶が登場する以前は、宴会などで「酒は要らない」というと、「じゃあ、コーラかジュースを」となるのが習慣だった。甘い飲み物といっしょに食事をしたくないという人は、カタチだけジュースなどを注文していた。居酒屋で「お茶」というと、急須に茶葉を入れて・・・という作業が面倒だろうから、「水を・・・」というと、「ケチ、貧乏人!」と思われるといやだなという感情があっただろうと推察する。ペットボトル入りのウーロン茶の登場で、そういう心配をしなくてよくなった。そして、「ウーロンハイ」などの新メニューも誕生し、ウーロン茶は飲み屋に欠かせない飲料になった。
ウーロン茶は飲食店の需要が多いような気がするが、緑茶は家庭や職場や自動販売機での需要が多いような気がする。当然推測だが、飲食店の頭の中は、「タダが当たり前」の緑茶でカネは取れないが、外来のウーロン茶なら商品になるということなのだろう。
メモ:今回の話に関係ないが、気がついたことを忘れないようにメモ。1969年の北アイルランド・ベルファストを舞台にしたアイルランド・イギリス映画「ベルファスト」(2021)に出てくるトイレは、家の外にある。「イングランドに行ったら、トイレは家の中にあるかなあ」という少年のセリフがある。トイレットペーパーは新聞か雑誌を切ったもの。こんな紙は流せないが、使用済みの紙を入れる籠がない。「トイレに行く」という字幕が出たときのセリフが、"Water works"に聞こえたのだが、通常は「水道設備」といった意味で使う語だが、ベルファストでは隠語でトイレのことか? ちなみに、1975年のロンドンの戸建て住宅では、トイレは屋内と庭の両方にあった。