1862話 貧困とワイロ

 

 フィリピンの、「カネがあれば何でもできる」刑務所のことが報道されると、自称ジャーナリストや、自称「フィリピンに詳しいライター」といった人たちが、「警官の給料が安いから、汚職に手を染めるんですね」と、もっともらしい解説をしている。タイの警察に関しても、同じ解説をしている人がいた。

 よく考えて、モノを言いなさいと、小言を言いたくなる。

 警察官の給料が安いから汚職をするというのなら、警察幹部や軍の将校、国会議員や官僚たちは高収入を得ているから汚職とは無縁のはずだが、そんなことはまったくないと誰でも知っている。汚職はシステムなのだとわかっていないと、トンチンカンな発言をしてしまう。

 公務員の給料が安いかどうか、私には判断できない。「安い」と仮定して、それでも公務員になり、その仕事を続けている理由は、安定感や、使命感や、うま味、信頼感などいろいろあるだろうが、汚職に関係できるのは、「うま味」がある職種だからだ。警官は汚職に手を出すが、小学校教師はワイロで富を築くということはできない。警官や許認可権を握っている公務員が汚職で儲けているのは、権力があるからだ。「私の判断次第で、何とでもなるんですよ・・・」ということになれば、誰でも逮捕できるし、許認可申請書を握りつぶすこともできる。いつも公務員が悪者ではなく、もちろん公務員を利用する者たちもいる。「お主も悪じゃのう」と言われる業者も、もちろんいる。持ちつ持たれつなのだ。

 以下は、いくつもの記事を読んで知った話で、出典をいちいち明記しない。「そういうことはあるだろうなあ」という話だ。

 いまもあるようだが、ヤクザがフィリピンに行って射撃の練習をするというツアーがあった。軍や警察が営業する合法的な射撃場もあるが、カネさえ払えば自動小銃なども撃てる非合法射撃もできる。ヤクザ御一行様は、銃撃を楽しみ、酒と女の日々を過ごし、帰国するときには、運転免許証を渡される。免許証なんか、カネで買えるから、顔写真さえ渡せば、簡単に買える。日本に戻った御一行が日本の免許に書き換えれば、有効な免許証になる。

 こういうシステムはまずいと考えた日本政府は、「免許取得後90日以上、その国に滞在したことをパスポートなどで証明せよ」と、制度を改め現在に至る。ただし、どの国の免許証でも日本で書き換えができるというものではないらしく、明記されない規定で、「あの国の免許はまったく信用できない」という要注意国があるらしい。

 ここからは、1990年代のタイにおける私の体験を話す。

 タイの運転免許のことを調べていたら、こういう話を聞いた。日本で言えば陸運局のような役所で、いくつもの書類を添えて運転免許証の申請をするのだが、申請書に現金を添えて提出すれば、すぐさま免許証が手に入るのというのだ。「あんたのように、外国人だとわかると相場は高くなるけど、大丈夫。買えるよ」という、その金額をよく覚えていないが、せいぜい数千円程度だったと思う。タイの運転免許証があれば、日本で書き換えればいい。日本で運転する気はないが、身分証明書としては使える。そのころは毎年タイに半年滞在していたから、「90日以上滞在」の制限には引っかからないが、その時は帰国までひと月という時期だったので、「来年の楽しみにしておこうか」と思った。

 日本で半年を過ごし、再びタイに戻ってきた。運転免許証の手続きを再確認しようとしたら、「あの時とは、事情が変わってねえ」と知人が言う。免許証発効窓口だけが大儲けするという汚職システムに他の部署から文句が出て、実技試験もちゃんとやるようになったというのだ。それで、私の免許取得遊びは中止になった。

 そのころ住んでいた地区に、タクシー運転手のたまり場があり、免許の話を聞いた。運転手の中に、つい最近免許をとったというドライバーがいた。役所で、実地試験の申し込みをしたら、場所と日時が指定された。場所は、王宮前広場だ。陸上競技場よりもまだ広いトラックのような場所だ。

 指定された日の朝、王宮前広場に行くと、バインダーを手にした男が車の脇に立っていた。「実技試験を受けに来た」というと、「あんたたち、ホントに乗りたいの?」と、集まっていた者たちに男は言った。「試験やるって、めんどくさいじゃない。ちょっとしたカネで、合格ということにしない?」というので、受験者全員が手を打って実地試験合格書類を買ったという。ひとり数千円でも、10人いれば試験官にとっては月収分以上になる。

 話をフィリピンに戻す。フィリピンと日本それぞれの裏社会の関係は、ボクシング興行が縁で、戦前からあった。戦後は芸能、水商売、売春、銃器などで、やはり両国の裏社会に深い関係ができた。日本で事件を起こした者は、フィリピンに逃げるというのは、そういう伝統のなせる業で、最近の韓国映画も、訳ありの人物がフィリピンに逃げるという筋書きがある。タイもフィリピンと同じような交流関係にあるが、その歴史と伝統はフィリピンの比ではない。

 フィリピンに詳しいジャーナリストは、こう言った。

 「ヤクザとフィリピンは、親和性が高いんだよな」

 だから、フィリピンは観光地としての信頼感や魅力に欠けるのである。女性に人気のない場所は、なかなか観光地にはなれない。

 汚職はシステムだという話は、次回に詳しく述べる。