1863話 タイ警察と汚職

 

 以前、タイ警察と汚職の話を書いているが、読んだ人はわずかだろうし、そのわずかな人も内容を覚えていないだろうから、同じことをまた書く。

 タイが立憲君主国となるのが1932年で、近代的な警察もそのときに誕生している。しかし、「近代的」とは名ばかりで、警官の成り手もいないし、予算も少ない。予算に関して、政府は「不足分は、独立採算で努力せよ」という方針だった。警察がカネを稼ぐというのは、つまりは汚職だ。出入国管理は日本では法務省の管轄だが、タイは警察が管理している。だから、国境の警備も警察の仕事で、麻薬などの密輸も重要な仕事のひとつになる。ということは、麻薬貿易は警察が握っているということになる。カネを稼いでいる外国人も、警察の手の中にある。バンコクのパッポンなど歓楽地は、売春と麻薬の本場だから、そこを支配する警察署は、裏金の金庫になる。政府は、予算を与えない代わりに、副業は黙認するというのがその伝統だ。だから、警察の汚職は、一部の悪徳警官の犯罪行為ではなく、周到に練られたシステムなのだ。

 麻薬や売春など、カネになる場所の警察署長は、本部のしかるべき人物に権利金を支払って、その地位を買う。警察署長が新聞のインタビューで、地位を買ったと答えていたくらい公然と行われていた(現在は、どうかな?)。

 警官がワイロで稼ぐ目的は、私腹を肥やすというだけではない。タイ警察は日本のヤクザにも似て、上納金が必要なのだ。裏で稼いだカネは上司に渡すことで、出世を期待する。カネを受け取った上司は、そのまた上司にカネを収める。そして、その上に…というように、ピラミッドの頂上にカネが登っていくシステムだ。新聞の情報だが、ある警察署では、裏で集めたカネの分配率は決まっていて、上納金のほか、装備拡充費(無線やトラック購入費など)、そして慶弔費など、使い道が決まっているという。つまり、裏の予算だ。汚職は出来心や邪心によるものではなく、整ったシステムである。

 バンコクの貴金属店の警備は警官の副業だ。店主は地元の警察署に警備を依頼し、非番の警官が交代で警備にあたる。費用は署に支払い、仕事をした警官にも分配される。これがシステム化された副業なのだが、裏の副業について新聞記事で読んだことがある。選挙が公示されると、「警察は殺し屋の行動調査を開始した」という記事が出た。政敵を暗殺することがよくあるからだ。そしてその後、バンコクの路上で銃撃戦があったという記事。政治家VSヤクザの地上戦で、兵隊となって戦っていたのは現職警官だったというのが、その記事のオチだ。

 軍はまったく別のシステムで構成されている。事情通は「今は、もうないですよ、きっと」と言っていたが、かつて陸軍の収入のかなりの部分が麻薬取引という時代があった。べトナム戦争時代だ。反共を主導するアメリカは、タイの軍隊と、国境を警備する警察の双方に、武器や活動資金を与えた。強大な力を得た軍と警察は、麻薬ビジネスで競合関係にあるので、権力争いを繰り返した。その結果、バンコクの官庁街で銃撃戦が始まり、軍事力に勝る軍が勝利し、以後、警察は軍に頭が上がらない。

 そこで、警察はこまごました「事業」で小銭を稼ぐようになる。商店や会社を巡る警官の話を聞いた。商店や会社に突然入ってきて、部屋の隅々を眺める。国王の写真を探すのだ。写真がないと「不敬だ!」と騒ぐ。写真があっても小さいとかなんとかいちゃもんをつけて、「まあまあ、今日のところは、これで・・・」とカネを持ってくるまで嫌がらせをする。「国王の写真を掲げているのは、国王を尊敬しているというだけじゃなくて、警察から嫌がらせを受けないようにする対策でもあるんですよ」とある会社社長は言った。

 軍は、武器輸入にまつわる裏金収入があるだろう。また、軍は建設会社でもあり幅広く事業を展開しているから、部下に上納金など求めない。大企業は、王族や軍の高官を顧問に迎えないと、事業に支障が出る(支障が出るように、妨害を受ける可能性がある)。どこまで合法であるかは別として、でかく稼ぐのが軍だ。運転手を脅して、1000円、2000円の小銭を集めるから、市民から嫌われる警察とはまったく違う。金銭も含めて、上官が部下の面倒をみるというのが軍だ。上官は、カネを持っている。日ごろの宴席から慶弔など、軍が面倒をみるから、忠誠心が育つ。部下からカネをふんだくる警察では、そういう忠誠心は育ちにくい。

 警察にしても軍にしても、汚職は「出来心」でやるものではなく、歴史的活動なのである。それがわかっていないと、「公務員の給料が安いから、汚職に手を染める」などと、わかったような理屈で説明するライターが多いのだ。

 このコラムの主な資料は、"Corruption and Democracy in Thailand"(Pusuk Phongpaichit & Sungsidh Piritarangsan , The Political Economy Centre, Chulalongkorn University, 1994)