1868話 古書店主の日記 中

 

 日記から、いくつかの文章を紹介する。悪態をついている個所は説明が面倒なので、わかりやすい記述を集めたから、毒は強くない。

 本に限らず、通販をやっている人なら、「そうそう、そうだよ!」と言いたくなる例が出てくる。品物は到着しているはずなのに、「着いていない。返金せよ」というもの。「期待していたほどおもしろくなかったので、別の本を送るか、返金せよ」といったもの。こういうメールに対して、悪態をつく。以下は、日記の要約。

 2月25日 主を失った家の蔵書整理に行く。「蔵書を撤去するということは、その人の存在を完全に破壊することである――どんな人間だったか最後の証拠を自分が消してしまう・・・・

 3月25日 『スターリン――赤い皇帝と廷臣たち』の定価は25ポンドで、店の売値は6.50ポンド。その値を「高すぎる」と文句をいいながら店を出ていくあきれるほど横柄な老婦人。「この客はきっと戻ってくると思ったので、値札を8.50ポンドにつけ替えておいた」。

 日記全体を通して、売値を「高い」と文句をいう客が多いと嘆くシーンが多い。古本だから、二束三文に違いなく、タダか捨て値に違いないと思っている客が多いのだ。定価3ポンドの本に、8ポンドの値札がついているのを、「ぼったくり」と抗議が来る。いずれも、古本になじみのない人たちだ。

 4月25日 『ハリー・ポッターと死の秘宝』の初版は高く売れると期待する客がいるが、「初版だけで1200万部も刷られている」。イアン・フレミングの『カジノ・ロワイヤル』の初版(ハードカバーの初版)は4728部しか刷られていない。

 5月の日記の冒頭 「一般的にいって、(少なくともぼくの店では)小説を買うのは今でも大半が女性で、男性はまずノンフィクションしか買わない」。

 6月18日 「アメリカ人女性が児童書コーナーから本を抜き出しては、ノートパソコンでアマゾンの値段を調べていた。まったく悪びれもせず、私の目の前で」。これは、日本の書店でもいるだろうな。ブックオフスマホを片手に調べているのは、アマゾンで売れば儲かるかどうか調べているのだろう。この日記には、アマゾンへの敵意が随所に見られるが、この客のような行動も店主の怒りを誘う。「お宅の本は、アマゾンよりも高い」とか「値下げしないなら、アマゾンで買うわよ」というのもある。古書はアマゾンよりも安いことがある。「アマゾンなら安い!」と文句を言う客に、「この本は、ほら、ウチはアマゾンよりも安いですよ」とモニターを見せて説明すると、聞こえなかったかのように店を出ていく。とにかく、いちゃもんをつけたくて店に来る人が多いようだ。「こういう本は、お宅にはないだろう、あるかい?」と、語りかけてくる男がいる。「そんな珍しい本を、アンタは知らないだろうな」」と知識自慢をしたいようだが、「ありますよ」というと、黙って店を出ていく。本を買いたいのではない。自慢したいだけだ。

 12月9日 老人がラテン語の教科書を手にカウンターに来た。本には元の持ち主の署名がある。「父親が持っていた本だ」。「本の値段は4.50ポンドだったが、ぼくはお金はいらないから持って行っていいですよと言った」。

 19世紀にイタリアで出版された『ボッカチオ』の話も興味深い。遺品整理で買った本の中にあった1冊だ。持ち主は、イタリアから移住するときに持ってきたが、その持ち主はもうこの世にいない。その本を店で売っていたら、イタリアからの旅行者が買っていった。本は、イタリアに帰る。

 12月23日 「新品を注文したのに、中古のようなので返品する」というメモがついて、発送した本が戻ってきた。ジョン・マコーミックの『風に翻る旗』は、カバーが古びた感じにデザインされているが、新品だ。日本でも、誰の本だったか忘れたが、白いカバーの端をわざと汚れたようにデザインした本があったなあ。書店でもめたらしい。

 「旅の本屋のまど」のスタッフから、この本の読後感を聞きたい。