日本には学問としての旅行学はないが、観光学はある。文献も多いし、大学の学部や学科や専攻コースなどで、「観光研究」などもある。一方、旅行学が大学などで講義されているという事実はつかめない。文献も見つからない。「なぜだろうか?」という疑問が、立教大学観光学部で授業を始めたときから気になっていた。
大学で観光を取り上げた最初は、アメリカのコーネル大学にホテル経営学部が設立された1922年のことだという。経営とはいえ、経済学部の学問だけではなく、もてなし(ホスピタリティー)を教えるという。ホテルがある土地の観光開発も考える学問である。リゾート地のホテルなら、ホテル経営は経営学を超えて、その土地にいかに客を呼ぶかという研究が必要になる。ホテルのことだけを考えていてはいけないのだ。
ちょっと横道にそれた話をする。
コーネル大学でホテル経営学を学んだふたりの人物に心当たりがある。もちろん面識はない。ひとりは星野リゾート代表の星野往路。もうひとりは、チャック・フィーニー。空港の店舗でよく知られるDFS(デューティー・フリー・ショッパーズ)の創業者。ハワイで日本人相手に免税商売で大儲けした。売れなくて困っていたブランデーを二束三文で大量に買い、日系人の店員が日本人観光客に「ナポレオン」の名で売りまくって大儲けした。「ウチの会社が空港を建設するから、免税店の独占営業権を認めろ」とグアム政府にせまり、成功させている。巨万の富を得ながら、そのほとんどを慈善事業に寄付してしまい、ハンバーガーを食い、エコノミークラスで移動していたという人物を描いた『無一文の億万長者』(コナー・オクレリー、山形浩生訳、ダイヤモンド社、2009)は驚きの傑作だ。「DFSは、LVHM(モエ、ヘネシー、ルイ・ヴィトン)に売ったから何でも話すよ」と言って、聞き書き取材に応じて完成した本だ。観光学の教科書に絶好なのだが、なぜか観光学者はとりあげない。
立教大学観光学部で「トラベル・ジャーナリズム論」という授業をやることになったが、「トラベル・ジャーナリズム論」というものが、どういうものかわからない。トラベルのジャーナリズムの論なのだろうが、よくわからない。「まあ、こういうことだろう」と考えた授業内容を学部長に伝えると、「お好きなようなさってください」と言ってもらえたので、本当に好きなことをやった。
だから、私は正面切った「観光学」の授業などしたことはないし、観光学というものをまったく知らないので、専門書を読んだ。それで、理解したことはこうだ。
観光学とは、観光で利益を得る地域や団体や企業のための学問である。団体は「観光立国」をめざす政府レベルから、「村おこし町おこし」をしたい地方自治体までの活動である。観光で利益を得る企業は、旅行業や宿泊、交通、飲食、土産物などさまざまな分野にわたる。
それだけではまずいと考えた人が、旅先の文化とか、売春や薬物など負の側面(これをダーク・ツーリズムという)なども取り上げることがある。だから、立教大学観光学部には、観光学科と交流文化学科のふたつがある。私は一応、交流文化学科の講師だったが、すべての学部の学生を受け入れた。