■聞き流し学習法
聞き流すだけで英語がペラペラになるなんて、絶対にないという話が『語学の天才まで1億光年』(高野秀行)の12ページにある。「聞き流すだけで英語が身につく」という広告を流し続けたのがエスプリラインの「スピードラーニング」。1989年にカセットテープの教材で商売を始め、多数の広告を出していたが、2022年に事業終了し、広告制作業者となった。事業終了の理由は明らかにされていないが、まあ、売れなかったのでしょうね。あるいは、売れたが、広告費の方が上回って赤字だったのか。
ネットで調べると、「聞き流し外国語学習」の否定派と肯定派の両方がいることがわかる。肯定派は、新たに商売をしたという業者かもしれない。ひとつはっきり言えるのは、「楽して、外国語ができるようにはならない」という原則だ。
高野少年の父親は英語教師で、子供たちのためにも朝はいつも米軍放送FEN(現AFN)を流していたが、「その効果なし」と断言している。「ただ聞き流すだけで、英語ペラペラ」という宣伝文句は偽りだと私も思うが、何の効果もないとは思えない。高野家にFENが流れていた頃、高校生の私もFENをときどき聞いていた。英語の勉強のためではなく、おしゃべりばかりのAM放送にうんざりして、ウルフマンジャックほかの、アメリカ式の音楽番組を聞いていたのだが(深夜を除くと、白人音楽ばかり流していて、うんざりしていたのも事実だ)、いつも聞いていると定時の天気予報はわかるようになった。ニュースはアメリカのニュースだから、まったくわからなかったが、わりとわかる番組もあった。耳が慣れてきたということだ。英語の文字やカタカナの発音で知っているだけの単語でも、何度もラジオで聞けば、少しはわかるようになる。英語のアクセントやイントネーションの具合が少しはわかってくる。その程度の効果はあると思う。知らない単語も聞いていればわかるというのではなく、目で知っているだけの単語が聞いてわかるようになるという意味だ。
韓国ドラマを熱心に見ている人は、簡単な会話なら、わかるようになることがある。ただし、それは字幕がついているからだから、「聞いているだけでわかるようになる」というわけではない。だから、聞いているだけで文法が頭に入り、語彙が豊富になるということはないが、耳慣れるということはあると思う。
今はもう米軍放送は聞かないが、食事の準備をしながら、NHKラジオ第2の外国語講座を聞いていることが多い。朝はイタリア語や韓国語(NHKは「ハングル語だとしているが)、夕方は韓国語、英語、ポルトガル語などが5分か10分の授業が次々と変わっていく。耳を澄ませて聞いているわけではないが、多少の刺激は受けているとは思う。そういう訓練をしているわけではなく、野球中継や、つまらないおしゃべりや最新ヒット曲を聞きたくないというだけのことだ。米軍放送を聞かなくなった理由も、最新ヒット曲を聞きたくないからだ。
ただ聞いているだけでも、わかることはある。日本語の発音に近い韓国語が出てくると、「そうか」と気がつく、例えば、家族は「カジョ」、約束は「ヤクソ」など。ドラマを見ていれば、バッグは「カバン」、簡単は「カンタン」など数多い。イタリア語やポルトガル語講座を聞いていると、スペイン語と同じように聞こえる単語が出てきたり、英語からの類推で想像できる単語が出てきて、「なるほど」。それだけのことで、放送のテキストを買って地道に勉強をする気はない。キャベツを刻んでいたり、イワシの背開きをしながら聞こえてくる異国の言葉を感じているだけのことだ。まあ、手軽な外国旅行気分だな。
今思い出したので書いておく。聞き流し学習ではなくテレビドラマで覚えた言葉の話。韓国医療ドラマの手術シーンで、医者が看護師に「メス!」といい、メスが手渡される。メスはオランダ語mesが日本語になったもので、それが韓国に入ったのだ。別の医者の手術シーンでは、医者が「カル!」と言っているシーンがあって、やはりメスが手渡されるのだが、私が知っているカルはカルグクス(切り麺)のカルで、包丁の意味だ。mesは「ナイフ」という意味だから、カルでもいいのか? 翻訳者が「包丁!」と訳したらホラーになっておもしろかったのに。