1902話 言葉は実におもしろい。地道に勉強する気はないけれど・・・ その13

 

文字 上

 『語学の天才まで1億光年』で、高野さんはタイ語の発音のややこしさは書いているが、文字と書き方の苦労は書いてない。おそらく、「屁のカッパ」だったのだろうが、私にとっては、「なんだよ、これ!」だった。2000ページを超える『タイ日辞典』(冨田竹二郎編、養徳社、1990年)は3万円近い価格だったが、喜んで買った。しかし、その時はまだタイ文字は読めなかった。読めないから、最初のページから発音記号と説明文を読んで、ノートに自家製の辞書を書き写した。私はタイ語が読めるようになりたかったのではなく、タイの雑学を仕入れたかったのだ。しかし、まったく読めないというのは問題だよなと思い、教科書を買って学び始めたら、おいおい、である。あまりに複雑すぎるのだ、ホント!!

 まず、子音が多すぎる。ローマ字にすればkになる子音が、4つある。tになる子音が8つ、sになる子音が4つある。子音が語頭に来る時と語尾に来るときで発音が変わるものもある。母音や各種記号の話はしたくないが、少しはしなければいけない。

 タイ語は左から右に書く。子音tに母音aがつく場合、イタリア語でもスワヒリ語でも、taと書くだろう。タイ語もそれでいいのだが、母音がiの場合は、なんとtの上に母音iを書くのだ。uはtの下に書く、eは子音の左側だ。わかりやすく説明すれば、etと書いて、テと読ませるわけだ。

 バンコクタイ語名は「クルンテープ」という。次のように書くのだが、無理してこのままローマ字表記をしてみると、こうなる。

 กรุงเทพ   KRUNGEETP

 左から2番目のRにあたる文字の下についている小さな記号が、母音u。タイ文字の右から3番目の数字の6に似た記号は、母音のEを伸ばす音だからeeと書いた。その右がTで、母音が子音の左側にあるが発音はteeとなる。Krungでひとつの単語なので、geeという音にはならない。こういうのは、タイ語の読み方初級入門編第1日目というレベルで、「ただちにタイ語改良審議会を招集せよ!!」と叫びたくなるほどやっかいだ。大幅に改良された表記が、ラオスのラーオ語だ。

 サンスクリット起源の言葉は、もとの綴りをタイ文字に置き換えるから、母音のない語がいくらでもある。ローマ字表記すれば、NKRという語がある。rは語尾に来るとn音に変わるという規則があるので、これで、「ナコーン」と発音する、国という意味だ。この語は、インドネシア語ではnegaraであり、ヌガラと発音する。意味は、やはり国だ。

 タイの地名は、サンスクリット起源の偉そうな単語を使いたがる。バンコクスワンナプーム空港は、英語ではなぜSuvarnabhumi Airportと表記するのかという解説を書こうかと思ったが、タイ語をまったく知らない人には退屈極まりないと思うから、やめた。タイ語が読めない外国人のためのローマ字表記ではなく、タイ人のナショナリズム表現のための「元表記尊重表記」なのだ。

 東京外国語大学カンボジア語を教えている岡田知子さんと上田広美さんのふたりが、一般人向けに開いた講座に出席したことがある。学友は、出版社めこんの桑原さんだ。彼はタイ語もラーオ語もできるのだが、初めてカンボジア語に接すると、「めんどくさい文字だよね」と意見が一致した。ややこしさはタイ語以上だ。初めから、覚えようという気が失せるほど、めんどくさい。その上、発音が難しい。声調がないからタイ語よりも楽かと思ったが、どうにもカタカナ表記のしようのない音があって、「こりゃ、だめだ」と思った。

 タイ語の文字に苦しんでいると、ローマ字で用が足りるスペイン語は楽だ、発音もやさしいとつくづく思う。しかし男性形女性形の変化とか、冠詞のめんどくささに苦しめられると、今度は英語って単純で楽だよなと思う。冠詞はthe,a,anの3つしかない。しかし、英語の文法にもうんざりする。発音の法則がないに等しい。タイ語の文法は単純でいい、変化も活用もない。動詞に過去形も進行形もない。もちろん、男女の別も単数複数の区別もない。ああ、タイ語ってやさしい。人名は書いてあるように読めばいいのに、日本人の名前の正しい読み方は、本人にしかわからない。「やっぱり、タイ語はやさしい? ・・・そんなことあるか!!」。発音や文字はどうだと考えると、堂々巡り。それにしても「〇〇語はやさしい」と言っても、やはり難しいことはあり、結局勉強はしないのだ。今回はスワヒリ語の文法解説はしないが、「ないんだい、これは!!」と驚くべき文法ですよ。発音はやさしいのにね。

 タイ語のややこしさに悩まされるたびに、「タイ語改良審議会を招集せよ!!」と叫びたくなる。現実に、1940年代初め、ときのピブーン内閣はタイ語の書き方を簡素化する改良を試みたが、失脚後、またもとに戻された。

 「タイ語の読み方書き方はまったくひどい。なんとかしてくれ!」と、日本語を勉強しているタイ人に苦しみを訴えたら、「おっしゃることはよくわかりますが、私としては日本語の漢字の読み方を統一していただきたいのですが・・・」と言われた。