1941話 気に食わない その2

 

 アマゾンの書籍ページ。拙著 『東南アジアの日常茶飯』のコメント(筆者は中野守龍名義)に、こういう文章がある。

 

 正直、前川健一は好きになれない旅行作家だ。それは、典型的な古き悪き時代の旅本作家だと考えているからだ。

つまり、

  ・やたら「現地の人が」を連発し、美味い店は現地の人で賑わっている店、泊まる宿は現地の人が泊まる宿。

  ・オレ流の旅を連発する。

  ・ガイドブックを持たない(で旅するのが良い旅)。

  ・観光名所にはほとんど行かない。

  ・現地で日本人と交流しない。

などなど。

 

 では、どういう旅行、あるいは旅行者がこの人の好みに合うのかという話に触れる前に、ガイドブックに関する話をしておこう。

ガイドブックに関しては何度もこのコラムで書いてきているが、私が旅を始めた1970年代には個人旅行に役立つガイドブックは皆無に等しかった。70年代後半に「ロンリープラネット」が出た。80年代に「地球の歩き方」が本格的に出始めるが、情報量は極めて少なかった。『タイ』編だって、バンコクチェンマイに関するわずかな情報しかなかった。「旅行ガイドを持たずに旅をした」のではなく、「持っていきたくてもガイドブックそのものがまだなかった」のだ。2000年代以降に旅を始めた人にはこういう事情が理解できないだろう。

 2000年代に入れば、それなりに詳しいガイドブックが出版されるが、例えば私が欲しかったプラハの資料は旅行ガイドブックにはなく、現地の本屋に行き、大きな地図と参考書を探した。プラハの場合は、ドイツ人が書いた建築資料が手に入ったので、その本をガイドブックに、大きな地図を見ながら街を歩いた。これが私の旅だが、だからといって「ガイドブックなんか買うんじゃない、持ち歩くんじゃない」などと書いたことは、多分ない。

 サッカーの試合を見て歩く旅とか酒場を巡ってその地元のワインやビールを飲み歩く旅をした人にとって、最良のガイドブックは『地球の歩き方』ではないだろう。どんな旅をする人にも、「地球の歩き方」がいつも最良のガイドブックというわけではないのだということがわからない人には、「地球の歩き方」を持たずに旅している人は、鼻持ちならないイヤな奴ということになるのだろう。

 話を戻して、この評者の好ましい旅の姿勢はこういうことになるらしい。

・もっぱら観光客がよく訪れる店で飲食し、買い物をする。(外国人)観光客向けのホテルに泊まるのがいい。

・皆様と同じような場所に行き、同じような旅をするのがいい。

・ガイドブックを持って旅するのが正しい姿だ。

・もっぱら、観光地訪問に努める。

・現地では、日本人とよく交流する(非日本人との交流は考えていないようだ)。

 

 こういう旅が好きなら、それでいい。私は団体旅行をする気はないが、だからといって団体旅行者を非難・批判したことはない。「好きなように、ご勝手に」という態度だ。自分流の旅を考えず、皆さまと同じ観光地に行って同じことをして同じ物を買ってくるのが安心できるいい旅だと思っているなら、それでいい。「自分の好きなように旅したい」と思っている私が非難される筋合いはない。つまり、この評者は、「はみ出し日本人旅行者である(と思える)前川」が気に食わないのだ。自分とは違うスタイルの旅をしている前川が気に食わないというだけのことだ。日本人は、ほかの日本人と足並みそろえて同じように旅行しなさい。それが正しい日本人の姿だと言いたいだけだ。そういうことを書きたくて、書評欄に長々と「前川が気に食わない」と書き綴ったのだ。