2087話 続・経年変化 その51

植物 3

 新刊書店で熱帯野菜の資料は見つからないので、植物専門の古本屋に行った。本郷の古書店で見つけたのが、『熱帯植物産業写真集』(牧野宗十郎、東京開成館、1938)だ。エンピツで「1500」と売価が書いてある。この本には所有印はふたつあり、ひとつは東南アジアの産業関係者、もうひとりは植物研究者だ。この本で、各種ヤシ類やキャッサバなどの情報を知ったが、換金作物の資料だから、野菜の情報はなかった。同じく植物専門書店で買ったのが、『熱帯植物写真集』(工藤彌九郎、第一教育図書、1973)だが、これも産業植物図鑑だったから、大して役には立たなかったが、読み物としてはおもしろかった。

 熱帯植物の資料を集めようとしても無駄だったから、まずは食用植物全般の勉強をすることから始めた。そこで見つけたのが、『食用植物図説』(星川清親千原光雄女子栄養大学出版部、1970)だ。これは、すごい。サブタイトルに「日本・世界の700種」というだけあって、熱帯の果物の説明もあり、1980年代は国語辞典や英語辞典と同じくらいによく使った。

 1990年代に入ると、熱帯食用植物の本が次々に出てくるようになった。バンコクの本屋で、「よし!」と声を上げそうになったのが、”Plants From The Markets of Thailand”(Christiane Jacquat、Editions Duang Kamol , 1990)。市場で売っている植物図鑑で、カラー写真に加えて、学名、タイ文字によるタイ語名、ローマ字表記のタイ語名、英語名があり、解説がしっかりある。唯一の難点は、ココヤシの殻を使った工芸品などは取り上げているが、よく食べている野菜は省略していることで、西洋人向けの趣味性の強い構成をめざしたのだろう。

 市場ではありふれた食用植物を集めた図鑑が、タイの日本語雑誌「まるごとタイランド」の別冊『THAI FOODS カラー百科 トロピカルフルーツ/野菜』(1993)だ。植物のタイ語名をタイ文字とカタカナで表記し、日本名と英語名もある。学名はないが、『タイ日辞典』(冨田竹二郎、養徳社、1987)には、タイ語・学名の動植物リストがあるから、タイ文字によるタイ語名がわかれば、学名はすぐに調べがついた。学名がわかれば、『世界有用植物事典』(堀田満、平凡社、1989)である程度は調べがつく。

 東南アジアの野菜について日本語で初めて登場したのが、『熱帯の野菜』(吉田よし子、農林統計出版、1994)で、この本を神保町のアジア文庫で見つけたときに同著者の『熱帯のくだもの』がすでに1978年に出ていたことを知り、もちろん買った。

 このように勉強しても、タイの食用植物のことをちょっと知ったにすぎない。東南アジアの他の地域がわからず、魚貝類はインドシナ半島では淡水魚中心の世界だからこれもわからず、素人ではもうどうにもならないから、専門家による本格的な図鑑を企画した。弘文堂の旧知の編集者に頼み込んで、野菜と果物編と魚貝類編の市場図鑑を作ることにした。私が読みたい本を、専門家に書いてもらおうという企てだ。私は企画者として、野菜果物編は吉田よし子さんにお願いし、魚貝類編は編集者が熱心にお願いして河野博さん(当時、東京水産大学教授)に担当していただくことにした。

 吉田さんとの打ち合わせのときに、「あなた、こういう資料はご存じ?」とバッグから取り出したのが、あの”Plants From・・・“だった。「ええ、もちろん、持ってます」と言ったら、ちょっと悔しそうだった。私が買ってすぐに品切れになり、半年後に別の本屋に1冊だけ残っていたので、友人用にもう1冊買った。

 そういういきさつがあって、やっと完成したのが、『東南アジア市場図鑑 植物編』と『東南アジア市場図鑑 魚貝編』の2冊だ。「ぎょかいるい」を「魚介類」とせずに「魚貝類」としたのは、私の考えによるものだ。