2101話 続・経年変化 その65

食べ物 10 臭い

 少年時代、ただ安いというだけでスーパーマーケットでマトンを買ったことがある。そのころ、なぜかマトンを売り出そうとしていたようだ。マトンを炒めて食べてみたら、臭いが食べられないほどではなかったから、「肉が食べたい」と思うときにたまに買ったものの、しばらくして肉売り場でマトンを見ることはなかった。日本人には、やはり「臭い肉」だったのだろう。

 それから数年後、カトマンズで食べた羊料理が猛烈に臭く、その臭気が脳に固定されてしまい、インドでも羊肉の臭気がすると、気分が悪くなった。インドやネパールの肉処理技術が劣るから臭いのだろうと思ったが、帰国して以降も、マトンが臭くて食べられなくなった。それから十数年たち、イスタンブールドネルケバブを試してみた。もしかして、羊肉を食べられるようになったかもしれないという試行である。

 食べてみたら、「うまい」。ああ、うまく料理してあったら、食べられるのだと思ったが、ケバブは羊肉のほか、鶏肉や牛肉も使うので、羊肉が大丈夫になったというわけではないのかもと疑った。しかし、ヨルダンで、金タライに入った羊の脚丸ごとの煮込みを兵士たちと共に食べたときには、臭いとはまったく感じなかった。ハーブもスパイスも多用していない。羊のミルク煮のような料理だった。北海道でジンギスカンを食べても「うまい」と思ったので、「料理がじょうずなら、羊もうまい」という結論に達した。正確に言えば、「私好みにじょうずに料理してあれば・・・」という意味だ。

食べたことはないが、インドの料理人がスパイスまみれにしても食えないだろうと思うのが、ヤギ料理だ。沖縄人でさえ好き嫌いが大きく分かれるのだから、よそ者の私じゃ無理だ。

 どうやら、臭い食べ物が苦手らしい。台湾の臭豆腐は、屋台街を臭気責めにする主犯だ。タイ東北部やラオスベトナムなどでよく食べられているハーブ類が苦手だ、すでにパクチーについては書いたが、各種バジル(イタリア料理で使うバジルとは違い、臭気たっぷりのバジルがある)やドクダミなど、テーブルにのっている生ハーブはほとんど食べられない。

 山椒に関しては好みがはっきりわかれる。生の葉は、臭くてたまらないのに、実は大好きだ。生の実を使ったちりめん山椒は大好物だし、山椒の粉も常備している。ニンニクやショウガも当然常備している。ということは、私が嫌いな臭気植物というのは、いわゆる「青臭い」ものだ。フキノトウも苦手だ。もうひとつに苦手は、発酵臭で、だから臭豆腐やクサヤが苦手だが、発酵食品がすべて苦手というわけではなく、納豆は好物だし、発酵調味料の多くは好きだと思う。チーズも、臭い方がいい。無味無臭のチーズはおもしろくない。

 食品に限らず、どうやらある種の臭気が苦手らしい。柔軟剤を使った衣服は、着ていて苦しくなるので、今は柔軟剤をいっさい使っていない。シャンプーなども、できるだけ臭くないものを選んでいる。

 私が苦手な場所はデパートの1階だ。化粧品の臭気が充満していて、しかも化粧品を塗りたくった店員がいて、苦しくなるから、速足でエレベーターかエスカレーターを探す。幸運にも、最近デパートが次々に閉店しているので、こういう臭気責めに会う機会は減った。

 私は酒を飲まないので、化粧品臭い女性がいる場所には立ち入らないが、雑居ビルのエレベーターや電車でそういう女性と不幸にも遭遇することがある。エレベーターなら息を止める訓練をする。電車だと別の車両に移ることもある。

 タバコを吸わなくなって、その臭気に敏感になるとともに、我慢ならなくなった。喫茶店のドアを開けてタバコ臭いと、足を踏み入れないというところまで経年変化した。