2108話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その3

数年の空白と数十年の空白 3

 久しぶりの旅は、どこに行こうかとあれこれ考えた。ニューヨークにひと月いて、音楽を聞き映画やショーを見ているというのはいいなと思うが、飛行機代と滞在費を考えると、「これが生涯最後の旅だ」と決意しないと、あまりに高額でそんな暴挙には出られない。高級ホテルに泊まるわけではなく、豪華な食事をするわけでもなく買い物をしなくても、旅行費総額はひと月で100万円は軽く超える。税金とチップを考えるだけでも、不愉快になる。セルフサービスの店でもチップを要求される国なんか行くか! 食費の出費だけで気を失う。大してうまくもないものが異常に高いから腹が立つのだ。

 以前でも航空運賃が高かったブラジルにはなおさら行けそうにないが、航空料金を調べていておもしろくなった。エチオピア航空便が見つかったからだ。東京―バンコクアディスアベバサンパウロというルートがある。料金が高いから、出発日や帰国日を変えて料金を調べなおす。行先をサンパウロからリオデジャネイロに変えて料金を調べると、オーストリア航空便が破格に安いとわかる。飛行ルートは、成田―ウィーン―ロ―マ―リオデジャネイロと飛ぶ。30時間弱の飛行だが、「乗り換え時間15時間」といった欠点もない。問題は、この航空券を販売しているサイトだ。トラベルコでは、以前は問題が多いサイトを平然と紹介していたが、今は「問題あり」の注意書きをつけている。「英語のみでやり取り」というだけならまだしも、「休便になっても代金が返還されない」とか、「予約の手続き作業中に料金が変わる」かもしれないというものもある。安いものは、それなりにリスクがあるということだ。

 ある夜の空想旅行は、カポベルデに飛ぶ。そこの音楽が大好きなのだが、滞在して楽しいと土地かどうかはわからない。スクート航空を使うと安いようだが、乗り換え疲れするのは確実で、敬遠したい。モロッコ経由のカタール航空便が使えそうだ。目的地がどこであれ、イスタンブール経由便にして、久しぶりのトルコ旅行というのはどうだ。

 あるいは、別の夜の空想旅行。ナイロビは航空運賃の額に関わらず、相変わらず危険地域だから、とても散歩の毎日は送れない。天下のクラマエ師絶賛のアルバニアを見てみたいという発想から、旧ユーゴスラビア旅行を想定してみた。どういうルートで旧ユーゴスラビアに入るか。そのルートはいくらでもある。地図を眺めていて、ミラノin、アテネoutというルートが浮かんだが、ホテルや乗り物の予約ばかりしている旅になりそうだ。昔のように、予約なしでいきなり宿に行って「部屋はありますか?」という旅は、オーバーツーリズムの昨今、もうできなくなっている。ドミトリーばかりの安宿でも、いきなり宿のカウンターに行くと、高級レストランのように「予約はありますか」と尋ねられるのはすでに経験済みだ。

 ヒマにまかせて、頭の中で旅行先をあれこれ考えて遊んだ。そういう夜を何度も過ごした。インターネットで候補先の具体的な情報を読んでいるうちに、たまらなく現実の旅をしたくなって、突然ある地名がふと浮かんだ。

 ソウル。そうだ、久しぶりに、ソウルに行こうか。

 韓国民俗博物館にまた行きたいと思った。食文化資料をじっくり見ておきたいと思ったのだ。いつのころからか、旅はひと月が目安になっていた。そのくらいの時間がないと、「旅をした」という満腹感が得られないのだ。毎日おもしろいものを探して街を歩くから、長すぎると好奇心が疲弊するが、短すぎると不満が多くなる。私の旅には、「ひと月」というのがちょうどいいのだ。しかし、ソウルで「おもしろそうだ」と思えるのは民俗博物館しかない。今のソウルがひと月旅しておもしろい街なのかわからない。それとは別に、私の体力と好奇心がブランクの後復活しているのかという点に自信がない。私の旅は、バスやタクシーで観光地に行けばそれで満足というわけではない。名所旧跡に行くと、満足どころか欲求不満のほうが強くなる。毎日街を歩きたいのだ。

 はたして、自分の旅がまだできるのか。一日中歩き回れる好奇心と体力が、まだあるのか。そういう問題を抱えているので、いわばリハビリとして、今回の旅は「10日ほどのソウル旅行」と決定した。数年の空白と数十年の空白を埋める旅だ。

 ソウルか・・・。独裁政権下の韓国しか知らないなあ。昔の旅を思い出しつつ、航空券やホテルの予約を入れた。2024年6月のことだ。