のり巻き 2
1978年のソウルで行商ののり巻きを見て、あとから気がついたことがある。あの日見たキムパップは細巻きだったのだ。韓国にのり巻きがあり、「キムパップ」という名だと知っていたが、韓国に行くまでその姿は知らなかった。ソウルで初めて現物を見て、食べたのだが、長らくその事実は忘れていた。
1985年に、雑誌の取材でソウルに来た。南山に出かけたら、小学生が遠足に来ていて、ちょうど弁当の時間だった。ソウルの小学生の弁当はどんなものか覗いて見るのが正しい食文化研究者で、弁当を食べている小学生たちの背後を歩いて観察した。その結果、ことごとくキンパップだということがわかった。私の世代でも、遠足の弁当といえば、のり巻きとお稲荷さんだったので、「まあ、同じだな」という感想だった。その時見たキムパップは、1978年に見たものよりもちょっと太いというぐらいだった。
新大久保に韓国街ができた。食材店で見たキムパップは、日本の細巻きと太巻きの中間くらいの太さだった。それ以後、日本のスーパーマーケットでもキムパップを見かけるようになったが、太さは同じだ。キムパップって、こんなに太かったっけ?
そして、2024年のソウル。何か所かで、キムパップを食べてみた。太巻きだ。韓国ののり巻きは酢飯ではなく、普通のご飯だ。店で注文すると、その場で作る。おでんの汁がつく場合と、おでん(韓国のオデンの具は、薄いさつまあげだけ)がつく場合があり、値段は4000~5000ウォン(日本円で440~550円)くらいがソウルの最低線らしい。汁とキムチはセルフサービスが多い。キムパップよりも安く食事をするなら、コンビニでラーメンを作って食べるしかない。
写真上は、オデン(韓国では薄いさつま揚げのこと)が入った汁つき。下は、その汁だけで、飲み放題。セルフサービスでキムチも食べられることが多い。のり巻きの具をはっきり見せて写真を撮るという基本を忘れている。写真よりも食欲が勝っているのだから、観察者としてのリハビリはまだ必要だ。旅行をしているだけでうれしくてたまらないのだ。
ちなみに、私が滞在していた当時、1000ウォンは約110円だった。かつて、ウォンが安く日本円が高かったころは、1000ウォンは80円とか90円で、数字の上では十分の一の100円として計算していた時代が長かったが、今や110円である。5000ウォンは550円だ。日本を何度も旅したことがある韓国人が、「日本の物価は安いですよね」という。日本より安いのは交通費くらいか。地下鉄やバスは、日本よりも安い。安い定食は1万ウォン前後だ。「ちょっと前から急激に値上がりしましてね」という。今回の旅には『地球の歩き方 ソウル 2023~2024』を持って行った。取材したのは2022年ごろだろうが、このガイドブックで紹介している食堂の価格から2割ほど値上がりしている。
2024年のソウルでは、かつて見た細巻きキムパップのことなど記憶からきれいさっぱり消えていたのだが、広蔵市場(カンジャン・シジャン)を散歩していたら、いくつもの屋台でパックに入った細巻きキムパップを見つけた。「ああ、これだったよな」と思ったが、そのときは豚足を食べるのに心を奪われていて、買わなかったし写真にも撮らなかった。正しい食文化観察者なら、細巻きキムパップを買って、宿でちゃんと撮影するべきなのだが、そういう理知的な作業よりも、豚足を味わう快楽に浸っていた。久しぶりの旅だから、ちょっとした興奮状態だったのだ。まだ、リハビリが必要なにわか観察者だったというわけだ。私はもともと、料理を見たら「すぐさま撮影」という行為が習慣にはなっていない。
インターネットでその細巻きを調べてみると、これはコマキムパップ(小さいキムパップ)と呼ばれるもので、食べだしたら止まらないということからマヤック・キムパップ(麻薬キムパップ)という名もある。キムパップは、もともとは細巻きだったが、のちに大阪の太巻きの影響を受けて、現在のような具沢山の太巻きに変わっていったという説もあるが、さてどうだろう。ちょっと調べてみたくなった。