2122話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その 17

韓国関連本 3

 いままでこのコラムで韓国関連本を何冊も紹介してきたが、進行上の都合でまだ紹介していない本がある。

 ここ5年か10年くらいの間に韓国に興味を持った人は知らない名前だろうが、数十年にわたって韓国に深入りした人たちが、ある種の感慨を持って、「これは、名作!」とその名をあげるのが長璋吉(ちょう・しょうきち 1941~1988)の本だ。「ある種の感慨」というのは、瑞々しい文体と40代で亡くなったはかなさのせいでもある。

 その本は『私の朝鮮語小辞典 ソウル遊学記』(北洋社、1973)として出版されたが、1978年に同じ出版社から『ソウル遊学記 私の朝鮮語小辞典』の書名に変わって出版された。私が最初に買ったのがこの版だ。

 1985年に『私の朝鮮語小辞典 ソウル遊学記』の書名で河出文庫に入った。名作だが、ガイド色はないので、評価は高いがあまり売れず、間もなく「品切れ・重版未定」になった。そうなることは分かっていたので、アジア文庫でこの文庫を買っておいた。2002年に増刷されたが、やはり「品切れ・重版未定」になり、今は古書市場で数千円の値がついている。もはや、古典的名作といってもいい。

 この文章を書いている今、書棚からその文庫を取り出して(昔買った2冊はどこかで眠っているので、のちにアマゾンで買いなおした文庫だ)、ページをめくっていると、「いいよなあ、この文章・・・」とうっとりする。「例えば・・・」と、引用したくなる文章がいくらでも出てくるが、そんなことをすればきりがないのでやめておく。日本人が韓国について書いたエッセイの白眉だといっても、どこからも異論は出てこないだろう。

 長璋吉の本とは違って、知る人が少ない本が『街を読む ソウル』(榎本美礼、KKワールドフォトプレス1984)も名作だ。1970年代末からダイヤモンド社から出版された「旅の雑学ノート」シリーズにヒントを得たに違いない企画だと思う。「街を読む」シリーズは、1980年代初めから『ロンドン』、『パリ』、『ニューヨーク』、『マドリッド』とでて、この『ソウル』で終わっている。榎本美礼という著者はほかに著作が見つからない。

 この本を知る人は、「いかにも前川が好きそうな内容だな」と思うだろう。ソウルの橋、裏通り、映画館、タクシー、露店、デパートなど180項目に関するコラムでできている。トラベルライターがにわか勉強で書ける内容ではないので、韓国留学経験のある人物のペンネームかもしれない。前川好みの内容だから、評判になることはなかったが、1980年代前半のソウルを見事に記録している。

 日本語で本を書いている韓国人ライター鄭銀淑(チョン・ウンスク)の本はすべて買っている。そのなかで1冊を選ぶのは無理なので、2冊選ぶ。彼女の著作には食べ歩き本が多いのだが、マッコルリ(日本でマッコリと表記される酒を、彼女はこう表記している)と韓国現代史を描いたのが『マッコルリの旅』(東洋経済新報社、2007)だ。酒紀行でも飲み屋ガイドだけではないから、酒をまったく飲まない私でもおもしろいと感じたのだ。

 例えば、飲み屋でマッコリを注文すると、つまみはタダというシステム。あるいは、戦後の食糧難の時代には、米を酒に加工することは禁じられていたから、アメリカからの援助物資である小麦粉でマッコリを作り始め、現在でも小麦粉100パーセントのマッコリもある。著者の足と胃袋で作った「韓国全土マッコルリ地図」を見ると、数十種のマッコリの原料やアルコール度数を調べている。1961年制作の映画「馬夫」(荷馬車)や「誤発弾」でマッコリを飲んでいるシーンを写真で紹介している。そういう資料も調べているのだ。どちらの映画でも、酒場で立ち飲みしているというのが興味深い。ほかの資料でも、昔は立ち飲み酒場がけっこうあったらしい。

 紹介したいもう1冊は、『韓国料理用語辞典』(鄭銀淑編、日本経済新聞社、2005)だ。今はインターネットでかなり検索できるようになったが、ハングルで検索できない人には、検索語のカタカナ表記を調べるのにもこの辞典は使える。

 傑作名作の韓国本はまだまだあるが、私が気に入った韓国本の話をこのまま進めると、あと数回そのテーマで書かないといけなくなるが、すでにこの雑語林で随時紹介してきたので、省略する。