2127話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その22

宿の場所 2

 だから、2024年の宿選びは慎重になった。

 まず、地図と地下鉄路線図を眺めて、ソウルの各地区を頭に入れていった。今回の目的地は景福宮キョンボックン)にある韓国民俗博物館なので、漢江(ハンガン)の南に行くことはないから無視した。民俗博物館には1987年に行ったことがあり、所蔵品カタログを買ったのだが、現在の展示品の種類や密度はわからない。幸運にも、大阪の民族学博物館と同じようにおもしろければ連日通うようになるはずだから、歩いて行ける地域の宿にしたい。

 地域に関わらず、ソウルの安宿の設備や価格の「相場」を調べてみると、ドミトリーにしてもそれほど安くはならないから、個室を選ぶことにした。部屋にトイレやシャワーがついている分、大阪西成の安宿よりもかなり高くなる。朝起きて、すぐにコーヒーを飲みたいから、「朝食付き」にする。外で朝食を食べることを考えれば、多少高くてもいい。

 ソウル安宿リストから、地域を絞っていく。どうやら、地下鉄1号線沿いの鍾路(チョンノ)が良さそうだということがわかり、地下鉄駅下車数分の宿を選んで、予約した。1号線なら、空港からのアクセスもいい。あらかじめ、グーグルマップで詳細地図を見て、地下鉄出口を出たら、すぐ右の道を入り、1分くらいで着くだろうと予測した。

 そして、ソウルに着いた。

 予想通り乗り換えの問題もなく、最寄りの地下鉄駅に着き、階段を上がって地上に出た。ストリートマップで見た通りの商店が見えたのだが、右手の道路が見つからない。飲み屋密集地区の抜け道のような、人がやっとすれ違えるほどの薄暗い路地があるが、まさかそこじゃないだろうと思い直進するが、しばらく歩くと大通りに出てしまった。そこを右に折れて、付近の捜索を始めた。路地裏感がある飲食店街をさまようと、西洋人旅行者が出入りしている安宿を見つけた。ここではなさそうだが、私が目指す宿を知っているかどうか声をかけてみた。ざっと見まわして、10人くらいが廊下を行き来している若者たちが、出入り口に集まってくる。アジア人も黒人もいない。出稼ぎに来たという雰囲気の者は見かけない。ああ、この雰囲気だ。コロナ禍の長い中断があって、久しぶりにむさ苦しい旅行者たちに囲まれた。退屈しのぎと親切心と敬老の精神で、迷子の旅行者を助けてやろうと思ったのだろう。

 宿の予約表を見せると、「ここじゃなくて、この先さ」と教えてくれた。この宿は、ひとことで言えば、公衆便所のような感じで、廊下の両側にドアが並んでいる。ドアの間隔は狭く、部屋というより便所だ。部屋のなかは見えなかったが、2畳間くらいの広さか。大阪西成や台北で同じような安宿を見たことがある。

 若い旅行者は、「こっち」といって路地を歩きだした。案内してくれるようだ。

 「あそこ、1泊いくら?」

 「10000」

 部屋が2段ベッドのドミトリかもしれないが、10000ウォン(約1100円)なら、安いが、すさんだ雰囲気ではあった。我が安宿の5分の1の料金だが、こちらは短期滞在だから節約する気はない。ほんの十数メートル歩いて、めざす宿に着いた。今歩いてきた路地を進んでいけば、さきほど「まさか、ここじゃないよな」と思った路地の入口に出て、左折すれば地下鉄駅だ。30分歩いて、ぐるり一周したわけだ。駅から来ると、その路地の入口は肩がぶつかるほど狭いが、次第に広くなり、途中までなら自動車も入れる広さになるくさび型路地だ。

 この路地裏が曲者だった。