さあ、民俗博物館だ 5
絵の話を続ける。
帰国してからも、朝鮮人の生活がわかる絵を探した。もしかしてネットにヒントがあるかもしれないといくつもの検索語で調べていたら、思わぬ方向に進んでいった。世の中はすごいというか、どーなっているんだという話だ。
1987年にまとめて買った絵葉書が1枚だけ残っていた。漢字の説明文を読んでみる。
「風俗画帖 葺瓦圖 檀園 金弘道筆 朝鮮王朝時代」。ローマ字で、Kim Hong-do(1745~?)」とある。この画家の名をどこかで見たことがある。そうか、ドラマ「風の絵師」だ。金弘道(キム・ホンド)がパク・シニャン。申潤福(シン・ヨンボク)をムン・グミョンが演じていた。
インターネットで、「朝鮮 民俗画 金弘道」で画像検索すると、私が探していた絵葉書がモニターに出てきた。なんと、メルカリだ。ソウルで探した絵葉書が、メルカリで簡単に見つかるのだ。10枚ひと組送料込みで680円。安い。しかし、すぐ購入というわけにはいかない。メルカリを利用したことがないので、まずは私が苦手な会員登録だ。クレジットカード番号などを入力し、購入手続き完了。翌日、メルカリを語るSPAMメールが流入。その3日後に商品到着。そう、これが欲しかった絵葉書だ。紙封筒には、「韓國美術傑作選」とあり、製作したのが通川文化社だから、民俗博物館の展示品カタログを作ったのと同じ会社だ。
絵葉書は金弘道の「檀園風俗図帖」(檀園は、彼の号)がらとったもので、日常生活がよくわかる。日本では、「浮世絵に見る江戸の食生活」といった資料が豊富なのだが、朝鮮人の生活がよくわかる絵はほかにあるのだろうか。金道弘ほかの画集が日本で手に入るのだろうか。
「朝鮮王朝、風俗画」などをキーワードに書籍検索をしたら、気になる本が見つかった。130ページほどの薄い本だが、寿限無のように、実に長い書名だ。
『神奈川大学21世紀COE研究成果叢書 神奈川大学評論ブックレット35 風俗画のなかの女たち―朝鮮時代の生活文化』(金貞我著、神奈川大学評論編集専門委員会編、御茶の水書房、2012)
神奈川大学が関係しているということで、「多分、そうだろうな」という勘が当たった。神奈川大学と言えば、日本常民文化研究所があるところで、『絵巻物による日本常民生活絵引』(平凡社)の流れで、『東アジア生活絵引―朝鮮風俗画編』の制作を始めたという。それがなかなかに、大変だったようだ。
「朝鮮時代の図像資料は、日本中世の絵巻物や近世に制作された豊富な風俗画類とは事情を異にする。個々の作品に描かれた情報が豊富な巻物類は少なく、生活風俗が描写されているのはごく一部の屏風絵や画帖である」
韓国にも歴史にも美術にもド素人の私が、本屋で探して簡単に見つかる資料かどうかという問題ではなく、そもそも生活がわかる絵はもともとほとんどないということらしい。そういう美術史の国なのだ。絵は、美しい物、立派な行ない、立派な人物を描くものというのは朝鮮も西洋と同じで、なんでも絵にする日本が特別なのだろう。日本なら、江戸時代の食べ物の絵などいくらでもある。例えば、『浮世絵に見る 江戸の食卓』(林綾野、美術出版社、2014)。
ちなみに、出たばかりの『朝鮮民衆の社会史』(趙景達、岩波新書)でも、王朝時代の民衆の姿を示す絵は、やはり金弘道だ。ほかにはいないらしい。
『東アジア生活絵引 朝鮮風俗画集』は完成し、ありがたいことにパソコンで読むことができる。この資料をもとに、朝鮮時代の女性の生活に焦点を当てて編集し直したのが、私が手に入れた本だ。食文化資料ということになると、やはりわずかしかないが、いずれ別の項で詳しく触れる予定(忘れなければ)。
民俗学にあまり関心がないので、今になって「そうだったのか」と気がついたことがある。日本の現代生活史の資料として最良のものだと思っているのが、『写真でみる日本生活図引』(須藤功、弘文堂)だ。「写真で見る昭和の生活」といった本だと、カメラがいくらでもある都会の写真が中心になるのだが、宮本常一の教えを受けた写真家須藤功の手による『図引』シリーズは農山村を舞台にしている。そして、辞書のように、写真から情報を読み取ることができる。『絵引』は絵に描いてあるもの、『図引』は写真に写っているものが何か、詳しい解説がついている。台所の写真なら、何十もの番号が振ってあり、それぞれの名称や解説がついている。『図引』の解説は1848話に詳しく書いたので、読んでみてください。