トイレの話 4
いままで多少きれいな印象を与えるための「トイレ」という語を使ってきたが、今回は「便所」を使いたい。朝鮮の便所史を調べると一筋縄ではいかないことがわかる。
いままで「排泄文化論序章朝鮮編」として長い文章を書いてきた。そこで、その概略をまとめると、次のようになる。
まず、糞尿をためる穴の有無という問題がある。主に山村などで最近まで残っていた便所は、穴がないものだ。平たい石やコンクリートの床の両側に足を置く石がある。そこで用を足すと、かまどやオンドルに使った灰をかぶせ、少し貯まると枯葉などの上に投げてたい肥にする。
便槽がある場所が便所だが、母屋にはなく、庭の小屋という場合が多いようだ。これは日本の農村も同様。非水洗便所の場合は、今でもこのタイプだということが、映画「カエル少年失踪事件」でわかる。北村(プクチョン)は、伝統的な住宅韓屋(ハノク)が多く残っている地域だが、公開されている立派な屋敷のパンフレットを読むと、その家は別の場所にあったのだが、その家で近代的な生活を続けるには屋内にトイレの設置が必要になる。そこで、リフォームするよりも、元の姿をそのまま残すためにここに移築して保存しているという説明だった。
農村では、便所小屋ではなく、納屋や家畜小屋の一角に便所がある場合もある。屎尿の有効利用を考えて、尿は桶にいれ、大便は穴に投下するというスタイルのものもあれば、人間のものも家畜のものも、同じ穴に貯まるようなシステムになっているものもある。
日本で便器が使われるようになるのは明治中期以降だ。それまでは、穴に板を渡しただけだった。日本で生まれた陶磁器の便器は朝鮮に運ばれて使われるようにはなったが、農山村では長らく穴に板を渡したものだった。『アジア厠考』1990年代までに撮影したこの手の便所の写真が載っている。家が昔のまま残っているなら、便所もそのままということになる。

2140話で紹介したソウル生活史博物館のカタログに載っていた資料。元は、住宅環境説明のための掛図。1は「従来式」でコンクリートの便槽があるように見える。2は穴を掘っただけということだろう。4の「其他式」というのが、上の文章で紹介した「穴のない便所」の図。このカタログを翻訳出版してほしいが、定価4500円だろうな。

民俗村で保存されている民家の便所。納屋の角にある。中央の板がふた。韓国語のピョンソ(변소)は、「便所」の朝鮮語読み。トイレのニュアンスで使う無難な表現は「ファジャンシル」(化粧室)という。壁にかかっているのは、肥担桶(こえたご)を担ぐ天秤棒。日本では片方の肩で担ぐが、韓国では背負子に天秤棒がついている形で、両肩を使うから少しは楽か。屎尿汲み取りの話は、次回に。