2166話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その61

食文化を眺める 1

 まずは、食べ物に関する私の立場を書いておこう。いわゆる「うまい食べ物」はもちろん好きだが、わざわざ食べに行くことはまずない。日本では外食はほとんどしない。旅先では外食が普通になるが、特定の料理を食べるためにわざわざ出かけることはほとんどない。日本では毎食料理をしているが、旅先で料理をしたいという欲求はない。ガイドブックが紹介する「うまい店」に興味はないし、旅先で食べた料理を日本で再現するという興味もない。

 これまでバンコクでかなり長い日々を過ごしてきたが、「どこか、うまい店に連れていってくれよ」と言われても、案内できる適当な店はない。行きつけの店は、近所にあるからという理由だけで通ったにすぎず、屋台は様々な理由でいつの間にか消えた。バンコクのガイドブックで紹介しているような店は1軒も知らない。語るべきうんちくのある店、ガイドブックライターが紹介したくなるような由緒ある店など、まったく知らない。タイでは、そういう食生活をしていた。だからと言って、「飯なんか、腹いっぱいになればそれでいい」と思っているわけではなく、おもしろそうな料理を探すことはあり、普通の飯屋で珍しい料理が見つかることもあるが、日常の食というものは、「まあ、うまいな」程度で終われば幸せなのである。

 考えてみれば、食べ物は私にとっての建築と似ている。世界遺産になっている宮殿や宗教施設、有名建築家が作った芸術作品の鑑賞にはほとんど興味がない。それと同じように、王侯貴族の晩餐会の内容や、1年先まで予約が取れないレストランの料理にも興味がない。最新、最先端の料理法にも興味がない。高額機材を使って有名写真家が撮影する料理に興味がない。私が撮影する料理は、器が欠けていてもテーブルにシミがあっても、ハエが止まっていても、そのまま撮影するノンフィクション写真だ。それが、「その料理がある現場」だからだ。

 日々同じように暮らしている人たちの、ありふれた料理に興味がある。行事の特別な料理ではなく、その辺で誰でも食べているなんということもない料理を、どう作り、どう食べているのかを観察しながら私も食べて、考える。そういう意味では、食文化と建築が重なる。

 食堂や屋台で食事をしながら、調理道具の種類を考えたり、熱源を考えたりする。東南アジアの麺料理を食べていると、大阪式の「麺+飯」という食事をしている人はいるのだろうかなどと考える。「定食」あるいは「セットメニュー」の思想を考えたりする。卓上に調味料が多いのは中国料理圏の特徴かなどと考えたり、食事中の飲み物について考えたりする。食べ物を海や川や畑や田から考えるから、肥料も気になるというわけだ。

 私は食文化に興味がある。人と食べ物のあらゆる関係を眺め、考え、調べていくのが私の好奇心だ。だから、グルメや栄養学や調理学などにはほとんど興味がない。

 屋台で料理人の手元を凝視しているが、レシピを頭に入れたいと思っているわけではなく、料理のシステムを眺めているのだ。例えば、タイの屋台では、肉に下味をつけることはほとんどしないとか、麺を炒めるときはスプーンとフォークで食べやすいように、麺を切りながら炒めているといった配慮を見つける。厨房観察が長くなれば、そこにどういう調味料があるのかわかってくるが、たまにわからないことがある。パッタイという焼きそばを作っている時に、ビン入りの無色透明の液体を鍋に振り入れている。透明な液体といえば酒と酢が思い浮かぶが、普通タイ料理ではどちらも使わない。考えてもわからないので、ある日「それ、なに?」と屋台でたずねた。

 「ああ、これ? ただの水。麺を柔らかくするのよ」

 なるほど。日本でも麺に水を振りかけて焼きそばをつくるなあ。そういう疑問をいつも持っている。

 料理法というのは私の関心分野では極めて小さい。「どのように作るか」よりも、「どのように食べるか」といったことに興味がある。調理学よりも、食文化論である。同時に、経済史や農業史から、「どのように食べてきたか」も考えるから、調べなければいけない事柄が次々に出てくるのだ。

 ただ、残念ながら、私と同じような好奇心のある人は少ないようで、世に食べ歩きやお料理本はあまた出版されているが、食文化を視野に入れた本は少ない。今、目の前の料理に注目していても、その料理の昔の姿を想像することはない。都会の屋台の料理が田舎の家庭でも食べられているのか、想像することがあるだろうか。その土地の人たちの、100年前300年前の食生活がどんなものだったか想像する人は、残念ながらとても少ない。私はそういうことを考えるタチだから、いつも少数派なのだ。