食文化を眺める 4
2024年のソウル旅行。
鍾路を右折して光化門に至る交差点近くに、かつてソウル高校があった。その敷地に、ソウル遷都六百年を記念してソウル市立歴史博物館ができたのは1994年だった。
かすかな期待を込めて、開館と同時にこの博物館に入ったのだが、私の興味の方向とはかなり近いが、堪能できる厚みがない。いままで何度も書いているように、ソウルの博物館の展示内容がどこも似ていて、新鮮味はない。小中学生の社会科見学用の施設のように感じる。展示の出来が悪いというわけではないが、すぐに見終わってしまう。館内で撮影した写真を眺めると、住宅展示が多いことはわかるが、アパートの内部はドラマや映画でなじみがあるから、驚きはない。
「バラック村を撤去してアパートを建てました。1969年」という写真。
近代的な中高層アパートができましたという展示。室内まで、盗撮するがごとく詳しく作られているので、生活の様がよくわかるというおもしろさはあるが、外国人にはやはり解説が欲しい。
1時間ほどで見終わって外に出た。このままソウル散歩をして、どこかで昼飯を食べて・・・と考えていて、突然「そうだ、チャジャンミョン(ジャジャン麺)を食よう。ジャジャンミョンといえば、仁川(インチョン)だ。チャジャンミョン博物館に行き、本場でチャジャンミョンを食べようという遊び企画ができた。韓国食文化史の研究のためには、仁川に行かねばならないのだ。
チャジャンミョンは、都市に住む韓国人にとって、インスタントラーメンと同じくらい親しまれている料理で、映画やドラマでは、警察署で疲れた刑事がソファーですすっている。真っ黒い和えそばで、この麺料理に関しては学術論文もあるので、ここでは深入りしない。知らない方は、ウィキペディアを読んでください。
いままで一度だけ、チャジャンミョンを食べたことがある。1978年の釜山だ。夏の街は、食堂の戸も窓も開け放たれ、店内がよく見えた。今のように、日本語メニューや料理写真が店頭に貼ってあるという時代ではないから、店に入っても注文ができない。当時は、ハングルをまったく読めなかった。
路地から窓越しに、焼きそばを食べている人が見えた。箸で食べているから、スパゲティー・ミートソースではなさそうだ。焼きそばが大好きだから、すぐさま店に入り、客が食べている黒い焼きそばを指さした。それがチャジャンミョンだということは後から知ったのだが、味の思い出は特にない。いやな味や匂いはない。辛いもの好きだから、辛くても平気だが、辛くなかった。むしろ甘かった。「特筆することはないあんかけ焼きそば」という印象だったのだが、小皿のタクアンはよく覚えている。「韓国にも、タクアンがあるんだ、へー」という驚きである。
そのとき釜山で食べたもう一品も記憶に残っている。食堂を覗き込みながら歩いていると、日本の焼き鳥屋やうなぎ屋のように、通りに開かれた窓の向こうで調理している光景が見えた。鉄板で、お好み焼きを焼いている。すぐさま店に入り、「それ」という感じで指さして、その料理にありついた。お好み焼きの日韓関係を考えた。ずっと後になって、その料理がパジョンという名だと知った。さらにそれからだいぶたって、「ネギのチジミ」という名で呼ばれるようになった。ちなみに、チジミという名は韓国南東部の慶尚道(キョンサンド)の言い方で、全国的にはジョン(あるいはチョン)という。