2172話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その67

食文化を眺める 7

 昔の横道話からを、2024年の現在に戻る。

 ソウル歴史博物館を出て、昼飯のことを考えていて、仁川のチャジャンミョン博物館に行き、チャジャンミョンを食べようとひらめいた。もちろんソウルでもチャジャンミョンは食べることはできるが、仁川のチャジャンミョン博物館に行って、チャジャンミョン誕生のいきさつなどを知りたくなったのだ。地下鉄路線図を見たら、博物館のすぐ近くを走っている地下鉄1号線に乗れば、終点が仁川だ。車窓風景を眺めているだけで、目的地に着ける。

 地下鉄車両は漢江(ハンガン)を渡る。85年の小旅行でも、この風景は覚えている。今回は漢江の南側を歩く予定はない。私の好奇心を刺激する場所はなさそうだ。車窓風景は、あまりおもしろそうではない。路線は違うが、仁川空港からソウル中心部までの車窓風景はずっと眺めていたので、まあ、もういいか。緊張感がとぎれ、ウトウトといい気分になっていた。目的地は終点だ。寝過ごすことはない。

 目が覚めた。通過駅名を確認する。路線図で見た記憶のない駅だ。1号線の路線図をていねいに点検しても、そんな駅はない。ワタシハ、ドコヘイコウトシテイルノカ。寝ぼけ眼で再度路線図と通過駅を眺めても、現在地がわからない。

 そのとき、突然、右側の席から人差し指が伸びてきて、ヒザに置いた路線図のある駅を示した。「成均館大 Sungkyunkwan Univ.」とある。成均館(ソンギュンガン)大学校は韓国最古の大学で、たしか昌慶宮の方にあったはずで、こんな南にあるとは知らなかった。大学のキャンパスが各地に点在するというのは日本でも珍しくない。のちに調べると、自然科学系の学部は水原(スウォン)にあることがわかった。

 右隣に座っている乗客は大学生くらいの若者で、「ありがとうございます」と韓国語で彼に礼を言った。それくらい通じるだろう。

 すぐさま、「どこに行きたいんですか」と表示されたスマホが目の前に登場した。私が日本人だとわかったようだ。韓国語で打ち、日本語に翻訳した文章だ。私は路線図の 「仁川 Incheon」を指さした。10秒とたたずに、スマホの文章。

 「この線ではありません。グロに戻って乗り換えてください」

 戻る? 路線図を戻っていくと、九老(Guro)という駅があり、1号線は仁川に向かう西ルートと、今私が乗っている南下ルートに分かれている。終着駅がふたつあるのだ。こんなの知らないよ。車内で、ちょっとウトウトしたと思っていたが、たっぷり熟睡していたようで、九老駅まで戻るのはだいぶ時間がかかりそうだ。路線図をまた見る。成均館大駅の次は華西駅、その次は水原駅。おお、韓国民俗村へのバスが出ている駅だ。よし、計画変更。チャジャンミョン計画は中断し、民俗村で食文化調査の日に変更した。

 隣の席の若者に、「ここに行くことにしました」と言いながら、ガイドブックの民俗村の写真を示し、路線図の「水原」を指さした。

 「民俗村は水原市ではなく、龍仁市です」

 それはわかっているが、最寄り駅は水原のはずだ。若者は成均館大駅で降りて行った。

 民俗村には水原駅からバスがあるはずだ。駅を出てすぐにバス停がある。時刻表を見ると、民俗村へバスはあるにはあるが、次のバスまで1時間以上あるようだ。ここで無駄な時間を使うと、民俗村滞在時間が短くなってしまう。さて、どうする。バス停の裏に観光案内所があるので相談すると、「水原駅から黄色の地下鉄に乗って、サンガルに行き・・・」といい、メモ用紙に”sanggal””と書いてくれた。「そこからバスに乗れば、民俗村に行けます。ここでバスを待つより、その方が早く着けます」。のちに調べたら、黄色の地下鉄とは、盆唐(プンダン)線のことで、降りる駅は漢字では「上葛」と書くらしい。民俗村にもっとも近い鉄道駅だ。上葛駅に行く車内で広域路線図を眺めていたら、新事実を知った。この盆唐線を逆方向の水原駅方面に戻り、そのまま乗っていればチャジャンミョンの仁川だ。なあんだということだが、このまま民俗村の行くことにした。こういう行き当たりばったりの旅って、いいなあ。