2179話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その74

食文化を眺める 14

 いままでいろいろ書いてきて、やや散漫だったかという反省をもとに、ここでまとめて書いておこう。

 まず、石毛直道さんが箸とサジの食事法の歴史を「箸と匙」で簡潔に書いているので、このブログですでに紹介した『食卓の文化誌』も併せてその要旨を紹介しておこう。

 中国で箸とサジの食事が始まったのは、紀元前3~2世紀ころらしい。華北に住む上流階級の間から始まり、しだいに広まっていった。なぜサジが必要だったかというと、雑穀を主食にしているから、箸だけではパラパラで食べにくかったからだ。

箸とサジの食事は、3世紀ごろまでに朝鮮に伝わり、奈良時代に日本に伝わった。日本では上級階級が平安時代までは中国風に箸とサジで食事をしていたが、その後中国との関係が希薄になるとともに、粘り気のあるコメを食べていたので、飯を食べるためのサジは必要ではなくなった。中国でも15世紀頃から粘り気のあるコメを食べるようになり、飯用のサジは要らなくなった。しかし、朝鮮ではサジは残った。多分、雑穀の飯にはサジが必要だったからだろう。食糧事情の悪さと、「大先生中国のマナーをそのまま踏襲するいい生徒われわれ」であろうとしたからでもあるだろう。一方、日本では平安以降、中国の影響力は次第に弱くなっていった。

 汁を飲むためにサジが必要だというなら、中国のようにチリレンゲのような深いサジにすればいいのだが、私の想像では、朝鮮人も昔は日本人のように汁は椀に口をつけて飲んでいたのではないかと思う。今でも、田舎の宴会や農作業の時の食事で、膳がないときは手に食器を持って食べている。麺類にサジを使わないことも多い。現在の話だが、鍋でインスタントラーメンを作り、4人で食べるとする。どうやって食べるかというと、それぞれが椀を左手に持ち、鍋のラーメンを椀に移してから口に運ぶ。碗に口をつけて汁を飲む。当たり前だが、鍋は持って食べないが、椀は持って食べる。こうすれば、汁をテーブルや床に落とさないで済む。朝鮮王朝時代、上流階級は箸とサジで食事をしていても、庶民レベルでは日本人とあまり変わらない食事の仕方をしていたのではないか。日本でも囲炉裏端など、膳がない場合は同じように食べる。

 朝鮮の場合、飯はパラパラだからサジは残った。王宮の食事に関しては、料理が熱いから食器を持てなかったというのは、多分違う。王の居室の隣りに台所があるわけはない。料理が出来上がってすぐに運ぶにしろ、長い道のりを経て、王や王族などに届く。その間に毒見もある。熱々の料理が、熱々のまま王のもとに届くとは考えられない。それでも、おそらく中国と同じマナーで、椀を置いてサジで汁を飲んだかもしれない。料理の温度の問題ではなく、「正しく中国式にやる」というのが、上流階級の人間のたしなみだった。

 そもそも金属器は、仏教などの宗教儀礼や祭事用だったのではないか。人間が食べる道具ではなく、先祖や神仏に供える料理を盛る器だったはずで、そういう器を特権階級である王侯貴族も使うことで、権威を誇示したのではないか。

 時が流れ、少々カネを持った家でも金属の食器がを使うようになると、熱い料理を入れると、熱くて持てないということになるのだが、現実問題として、チゲのような熱々の料理を金属製の丼に入れて食卓に出す頻度は低いのではないか。熱い料理には陶磁器の丼を使うことが多いのではないか。それでも、器が熱いとか重いということはあるだろうから、物理的に手にもてない。だから、器を置いたまま食べる。それをのちに「マナー」だとしたのではないか。冷たいコングクスや冷麺などなら、器を持って食べる。汁は丼に口をつけて飲む。

 結論だ。「韓国人は、日本人のように器を持って食べない」というのは、「正しいマナー」だと信じる人は多いが、それは器を決して持ち上げないということではないんですよというのが私の話だ。