2188話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その83

食文化を眺める 23

 韓国の食文化解説では、「韓国人はひとりで飲み食いしない、割り勘はない」という話をしばしば聞かされてきたが、どうやら「最近までは」ということわりを入れたほうがいいらしい。近頃は変わってきたということだ。

 昔から、貧乏な学生たちなら、いつもの酒宴で、格好つけて「今日はオレが払う!」などと言えないから、割り勘は日常的な行為だったらしい。それがサラリーマン社会にも広がりつつあるという。飲み会などで、年長者、あるいは上役が全額を支払うというルールは、経済事情の悪化などで、割り勘になりつつあるという。課長の給料といっても、ちょっと額が多くても、住宅ローンを抱えている身には「ここは、オレが」とは言いにくい事情を、部下たちもわかっているのだ。

 ひとり飯も増えているらしい。私自身、食堂で、ひとりで食事をしている女性を3か所で見ている。韓国人が語るネット情報でも、「今は時代が変わって・・・」と、ひとり飯が増えてきたと語る人がいる。仕事で動き回っていれば、いっしょに食事をする仲間を毎日探すことなど難しい。昼飯を食べながら仕事もしたいという人たちはカフェに行く。スマホやパソコンを眺めながらの昼飯だ。韓国社会も、「皆さまといっしょに」から「私は私」に変わりつつあるということだろう

 ドラマと言えば、台湾ではテレビ東京の「孤独のグルメ」がドラマ化され、「深夜食堂」も中国台湾合作でドラマ化された。韓国では「孤独のグルメ」の人気は高いが、ドラマ化されず、「深夜食堂」だけがドラマ化された。「ひとり飯」のドラマは、、異国のドラマならいいが、韓国ドラマでは成立しにくいと考えているのだろうか。「食事はひとりがいい」、「いや、ふたり以上だ」というのがテーマになっている「ご飯行こうよ」というドラマはあるのだが。

 といったようなことを考えると、韓国では食文化の日本化がよりいっそう進んでいると言えそうだ。マスコミでは、ラーメンやとんかつやパンや居酒屋やウィスキーやカクテルなど、日本の食文化が韓国に入って来たという話題が提供されることが多いが、食習慣にまで考察が及ぶことはほとんどない。カウンター席、割り勘、コンビニ、弁当、おにぎりなども一種の「日本化」である。

 ついでの話を追加しておく。『深遠なるインド料理の世界』(小林真樹、産業編集センター2024)は、すでに多く出版されている「インド料理本」ではなく、インド食文化に言及していて興味深い。チベットからネパールに入ったモモ(小籠包のような料理)のチェーン店が人気を集めていると紹介している。そこで、インドのファストフードチェーンを検索してい見ると、ハンバーガーやサンドイッチなどを扱うチェーンが上位に来るのは想像通りだったが、インド料理のチェーンもできているようだ。インドの食文化も、「ひとり飯」や「カウンター席」などをキーワードに調査すれば、研究に新たな視点が生まれるだろう・・・が、まあ、カレーファンには興味のない話題だろうな。

 小林さんの本を読んでいて、カトマンズのモモを思い出した。1974年にカトマンズの食堂でモモをよく食べていた。インドを旅した日本人には、カトマンズで出会う餃子は感動だった。テーブルに醤油もあったから、日本人旅行者はその食堂に吸い寄せられていた。英語のメニューに”Kothey momo”というのがあったのを、今でも覚えている。50年も前の食堂のメニューを覚えているのだがら昔はなかなかの記憶力だった。いままで、このkotheyという語を調べたことがない。英語の辞書にあたったが、英語ではないらしい。さらに調べると、意外にも中国語だとわかった。kotheyは鍋貼(クオティエ)、つまり焼き餃子ということらしい。餃子の王将でおなじみの、「コーテー、あるいはコーテル」である。50年ぶりに、カトマンズの食堂のメニューが解読できたというわけだ。

 モモという料理はチベットからネパールに入ったようだが、焼き餃子は中国語とともにネパールに入って来たと想像できる。インド亜大陸の中国料理の影響を考えるなら、中国食文化も調べておかないといけないという教訓だが、カレーマニアやインド料理レシピファンには興味のない話だろうが・・・。

 韓国食文化の話は、今回でおしまい。