旧知の大学教授と世間話をした。話題はころころと変わるのだが、大学生の海外旅行の話が印象に残っている。問題点はみっつ浮かんできた。
今の大学生は外国に興味がない。インターネットで「外国気分」が味わえるから、デジタルで充分だという説は何度か耳に目にしてるのだが、それとはちょっと違う視点だ。
大学生に限らず、若者が外国に行かない重大な理由は、貧困だ。親の仕事がうまくいかず、大学をやめることになった。大学の学費は親が出してくれるが、生活費は自分で稼ぐから、アルバイトに追われている。就職したが、奨学金の返済が重荷になっている・・・といったような理由で、「じゃあ、ちょっと外国に」という経済状況ではないというのだ。コロナ禍以後、その傾向が強くなったという。「外国に行かない。興味がない」のではなく、「行きたいが、行く余裕がない」若者も多いようだ。「行くなら、せいぜい韓国か台湾だ」ということになる。こういう経済状況を無視して、「今の若者は視野が狭い。外国に視野広げろ」という発言はむなしい。スマホや化粧品にカネがかかるという点もあるが・・・。
2番目の問題は、ラジオで聞いた話がヒントだ。
ラジオのスイッチを入れたら、若い女の話が始まっている。知らない芸能人だが、話の雰囲気から。「〇〇坂」とかAKBとかそういったタグイのタレントらしい。もしかして有名人かもしれないが、とにかく私は知らないふたりだ。
「ねえ、誰が寝たかわかんないベッドって、気持ち悪くない?」
「そう、だから、あたし、地方公演でも日帰りするもの。1週間の公演でも、毎日東京から通う。通えない仕事は受けたくない」
「あたしもホテルのベッドは我慢できないから、寝袋を持って行くの。それと掃除用具と消毒用具も。洗面所やトイレとか、ドアボブとか、肌が触れそうな部分は全部消毒してから寝るの」
知らない番組の知らないトークテーマは、潔癖症話だったようだ。
潔癖症の若者の話は、大学の講師をやっていたときからわかっていた。食文化に関する学生のレポートに、「手つかみで食べるなんて信じられない」、「衛生的食生活を教えてあげたい」、「箸を使う食文化を輸出したい。重要な国際交流だ」といった記述があるのはまだしも、そう「まだしも」なのだが、「母親が作った料理しか食べる気がしない。食べられない」というのもあって、いかなる外食も拒絶するということだ。その背後にアレルギーなどの問題があるのかもしれないが、それはわからない。
ネット情報だから、その程度の信用度合いなのだが、「テレビ番組に出演した料理人が手袋をしていなかったと局に抗議の電話」というのがあった。どういう番組かまったく知らないが、たぶん、すしかおにぎりかもしれない。
私は潔癖症とは縁遠いが、「その私でもちょっとなあ・・・」と思うのは、中国や韓国で、年長者が皿のおかずを自分の箸でつまんで客や嫁や子供たちの飯碗にのせてあげるという愛情表現だ。いままで使ってきたその箸で、「はい、これ、おいしいよ」と料理をつまんで自分の碗にのせられても、うれしいとは思わない。ただ、こういう行為は愛情が基礎にあるから、強く拒否はしない。ただ、鍋の具をさんざんいじりまわしてから、くちゃくちゃずるずると食うヤツとは、食卓を囲みたくはない。
鍋で思い出したのは、博多大吉華丸のラジオ番組で紹介した福岡の鍋(水炊きだったか)の食べ方。何人かで鍋料理を囲んで、そろそろ終盤にさしかかったというとき、全員が手元の碗に残った汁を鍋に戻し、その鍋にうどんか飯を入れて食べるというのだ。番組のほかの出演者は、「おそろしき福岡鍋」と驚いた。すぐさま番組にメールが来た。そのすべてが、「福岡出身者ですが、そんな汚い食べ方は知らない。福岡人がみんなそういう食べ方をするとは思わないでください」というものだった。どうやら、大吉家華丸家両家の食習慣だったらしい。私も、これは勘弁してもらいたい。
*1930年のソウル。安部能成(あべ・よししげ。京城帝国大学教授)はある日、浅川巧の提案でソルロンタンを食べに行くことになった。「今夜は総勢六人となるのが、一人は病気で来られず、今一人は平日からアルコールと脱脂綿とを欠かさない潔癖家だから・・・」と二人欠席して4人初食事になったという話が、『日本併合期のベストエッセイ集』にある。昔から潔癖症というのは、いたのだ。浅川はソウル在住日本人に朝鮮料理を紹介するという重要な役割も果たしていたことがこのエッセイでわかるが、浅川は1931年に急死した。