2202話 若者の旅の今 2

 潔癖症が旅行の障害になっているという話を、高校の同窓生たちとの昨年の忘年会ですると、「アジアは汚いから、しょうがないよ。差別じゃなくて、現実にね。ヨーロッパとは違うから」という発言をしたヤツがいて、ほかの人も黙ってうなずいた。そうだった。私はアジアと親しんでいるからすっかり忘れていたのだが、日本人は今も欧米崇拝なんだ。衛生的な食事という点ではたしかにアジアは欧米よりも劣るが、欧米人がアジアにやってくるのは「衛生的な食事」を望んでいるからではない。アジアの屋台料理を楽しんでいる日本人は、韓国や台湾やタイによく出かけるおばちゃんとその娘たちだ。以上、補足。

 潔癖症の次に問題となっているのは、スマホ依存症だ。いくつかの調査によれば、若者の10パーセントくらいがスマホ依存症だという説がある。片時もスマホを離せない。映画やコンサート会場でも、10分おきにスマホ画面を確認しないとイライラするという中毒症状だ。スマホの電源を切るという行為は、生命維持装置を外す行為と同じだと思っているらしい。こういう症状は、十代から三十代まで広がっている。四十代も、か?

 スマホと旅の問題はふたつある。ひとつは、日本での生活環境と同じレベルでスマホが使えないと我慢できないという症状だ。だから、通信事情が悪い国や地域には、初めから出かけない。旅先でも、コンセントとWi-Fiから離れられない。だから、圏外地域や電気のない村や離島などにはそもそも行かないということになる。

 スマホのもうひとつの問題は、トラブルだ。スマホを失くした、忘れた、盗まれた。落として壊れた。トイレに、プールに、川に海に落とした。充電し忘れた。変換プラグを忘れた、失くした、日本から持ってきたプラグが合わない、などなど。

 「学生を引率する旅行の最大のトラブルはスマホがらみです」と某教授が話していましたよと別の某教授にすると、「そう、そうなんだよ。この前にもひどいことがおこってさあ」と話し出した。

 学生を連れた団体旅行中、学生が「食堂にスマホを忘れた。何とかしてください」と教授に訴えてきた。教授は食堂に問い合わせたり、警察に盗難届けを出したりしたが、見つからない。団体旅行中だから、新しいスマホをひとりで買いに行くことは時間的にも言葉の問題でも不可能で、スマホ依存症のその学生は紛失という痛手に加えて、旅行中スマホで遊べないという中毒症状が起きて、「そりゃ、まあ、大変でしたよ」ということだった。個人旅行ならスマホは旅の重要道具だろうが、団体旅行では必要はない。旅に必要ではないが、その学生にとっては命の次に重要なものなのだ。

 モンゴルに学生を連れて行った教授の話はすでにしたが、また書いておこう。大学生を連れてモンゴルの草原で生活体験をした。草原のゲル(移動式の家)での生活は、日本の大学生にとってはつらいことがいくらでもある。家にトイレがないから、草原のどこかがトイレになる。浴室もない。水は遠く離れた川まで汲みに行く。体や髪を洗うなら、その川だ。ゲルは大広間だからプライバシーもない。食事は基本的にヒツジなどの肉で、いまは小麦粉で麺などを作って食べるが、米や醤油はない。生野菜もない。甘いものはない。「そういう生活で、学生たちは何に不満を感じていますか。異文化生活のストレスの原因は?」と教授に質問をした。トイレや食生活の話は、日本で充分にしておいたので、すでに了解済みだった。だから問題にはならなかったという。  

 「そういうことよりも、いちばんストレスに感じていたことが、ウランバートルに戻ってわかったの。『スマホが使える』って、みんな大騒ぎ。スマホが使えない草原での生活が、トイレがない生活よりもストレスを感じていたのよ」

 実際、私が受け持った授業で、「私はスマホ依存症なので、今の日本の通信事情よりも悪い場所に行く気はありません」とレポートに書いていた学生がふたりいた。スマホ以外に神はなし。スマホ以上に楽しいことなどないということだろう。

 ネットなら、「そんなの、あたりまえじゃない!」という書き込みで埋まるだろうな。

 スマホ依存症患者は若者に限った病状ではなく、その親の世代でも患者が増えている。スマホをいじっている毎日が楽しいなら、高いカネを使って外国に行かなくてもいいという気分なのか。