ブラジル音楽のCDを百数十枚買っている。そのうち半分以上はサンバで、しかもその多くがクララ・ヌネス(Clara Nunes)のものだ。1983年に40歳でなくなっている。死後、「ライブ・イン・ジャパン」というような新譜がでることもなく寂しい思いをしているのだが、アマゾンで彼女に関連した学術書“Rainha do mar”が出ていると知った。9400円という価格はともかく、ポルトガル語の専門書だし、翻訳は出ることはないだろう。ポルトガルとアフリカ文化の関係をサンバ歌手の彼女を軸に考えるという内容らしく、論文はネットでも読める(ポルトガル語は読めればね)。「ポルトガル語をやるか?」と、ふと思った。まあ、やらないけどね。コンピューター翻訳で長い論文を読むのはつらい。
個人旅行者の時代
海外旅行のリピーターたちは、添乗員やガイドが掲げる旗のもとぞろぞろ歩く旅を敬遠し始めた。旅行日程表に、「終日自由行動」などと書いてある旅を選ぶようになった。旅行社はツアー料金以外で稼ぐ方法をいろいろ考えるようになる。
細かく日程が決まっている団体旅行よりも、ゆるい日程の団体旅行や完全な個人旅行を好むという時流にうまく乗ったのが、格安航空券販売のHISである。インドに興味をもつような、カネをあまり持っていない(持っていても使いたくない)若者を相手にしていては、会社の明るい未来はないと考えて、海外旅行などに特に強い興味のない、普通の人相手に安いツアーの販売などで商売を拡大したのである。「地球の歩き方」がツアー客も相手にするように方向転換したように、格安航空券会社も客を一般化することで業績を伸ばしたのである。
旅行雑誌「オデッセイ」の編集者やHISの幹部社員の話は、「貧乏旅行者相手の商売は難しい」という結論に達した。インド旅行を何度もやってきた旅行社社員は、カウンターで「僕もインドに行きたいんです」という若者に会うとうれしくなって、旅行相談に乗ってやる。交通や宿や最低限の費用や諸注意などを話していると30分でも1時間でもたってしまう。「それで航空券を売っても、儲けは500円とか800円なんだぜ。しかも、他社で1000円でも安い航空券を見つけたら、そっちで買う。ケチでしかも貧乏人相手の商売は、あたりまえだけど儲からないんだよ」。知り合いのHIS社員は、そう言った。「貧乏旅行者崩れ」が集まって経営している「懇切丁寧、親身の対応」を売りにしている格安航空券会社は、たちまちつぶれていった。格安航空券販売会社の寡占化である。
出版の世界で、ミニコミ「オデッセイ」がマスコミ「地球の歩き方」に勝てなかったのとは逆に、格安航空券を扱う零細企業であったHISが一時、JTB以上の売り上げを記録することになったのは沢田社長の才覚が大きいのだが、日本人の旅行の好みが変わってきたという背景もある。個人旅行者が増えてきたということで、旅行人のガイドブックがかなり出版された背景もそこにある。大手に挑んでビルが建つほどには売れなかったが、倒産の危機を迎えるほどの赤字はなかった(と思う)。「オデッセイ」時代と違い、「旅行人」の時代には、大観光ルートを外れた地域にも出かける人が少なからず現れたということだ。あるいは、旅行人が若い日本人に刺激を与えて旅に誘い出したのだ。これは天下のクラマエ編集長のカリスマ的魅力が作用した。そのカリスマ性とは、「外国旅行なんて、簡単、カンタン。行こうと思えば、誰でも行けるんだよ。人生を左右するような大決心なんか必要ないんだよ」というゆるいアジテーションだ。
この時代の旅行者の変化を別のことばで言えば、団体旅行から個人旅行への変化である。団体旅行といっても、全食つき、全日程観光つきという旅行はしだいに減り、自由時間が増えていった。これは、客の要望でもあるのだが、旅行会社にとっても、価格競争のために、経費を削ってツアー料金を安く見せる戦略でもある。だから、原価が高く客の注文が厳しい「日本料理店での夕食」が日程から消えた。現地の料理にすれば、客は原価計算ができないから、「なんだ安もの」という批判は受けにくい。あるいは、ツアーから夕食をはずし、「高級フランス料理店でお食事」とか「絶景を楽しみながらクルーズ船で高級イタリア料理」といったオプショナルツアーで稼いだ方が利益が上がると考えた。客が自分でレストランの予約ができないから、旅行社に頼った方が楽だということになる。観劇、遊覧飛行、鉄道旅行などオプショナルツアーが増えていった。
旅行業界には「ゼロ発進」ということばがある。原価8万円のツアーを8万円で販売するから「利益ゼロから始まるツアー」だ。では利益はどうやって稼ぐかと言えば高値で売りつける土産物屋やレストラン、そして売春である。観光学というのは基本的に旅行業界べったりの学問だから、「ゼロ発進」ツアーを研究テーマに取り上げない。
この安売り競争の流れはもっと進み、格安往復航空券にホテルがついただけのツアーも登場した。そして、ついには、航空券もホテルも、インターネットを使って自分で予約する時代になり、旅行代理店の存在が軽くなってきた。
旅行者のもう一つの変化は、短期の旅から長期の滞在へという変化である。若者の「ワーキングホリデー」による滞在や、定年退職者向けのビザによる「ロングステイ」、あるいは、海外就職という形での滞在などがある。
かつて、海外旅行といえば、添乗員やガイドの旗の元にぞろぞろと歩きまわるものだったが、そういう団体旅行から個人旅行へという変化は、より自由度の高い旅への変化でもあった。その結果、ガイドブックが変わり、外国語独習書が売れ、旅行代理店も変わっていったのである。
*食事つきのツアーでどうやって稼ぐか。食事代はツアー旅行料金に含まれているが「お酒は別料金ですので、ガイドか添乗員に日本円でお支払いください」というシステムにする。客はメニューを見ないから、酒代を知らない。「ビール1本1000円です」と言われれば、素直に支払うのがツアーに参加した日本人旅行者だ。店に1本200円払い、残りが現地旅行社やガイドの利益になる。客が20人ほどいれば、酒代の差額だけで毎日数万円の稼ぎになるというシステムだ。