2260話 日本人の海外旅行史 42 旅行人とその時代9

1989 全日空が、成田・バンコク線開設。

      日本人はアメリカの観光ビザが不要に。

    天安門事件で、中国への旅行者が激減。

    ソニーのビデオカメラ「ハンディーカムTR-55」(17万7000円)発売。

   東芝のノートパソコンDynaBook発売(19万8000円)

   出版;「地球の歩き方 フロンティア・シリーズ」刊行開始。90年までの初期10冊は、『ベトナム』『イスラエル』『シリア・ヨルダン』『サハラ・アルジェリア』『チュニジア』『南アフリカ』『アイルランド』『ペルー』『イースター島とチリ』『タイ北部山岳民族を訪ねて』/バブル時代のガイドブック『世界一等旅行3 タイ』(ザ・トラベル商会出版局)/バブル時代の旅行雑誌「ガリバー」(マガジンハウス)創刊/「JALシティーガイド」(日本航空)刊行開始。

   日本人渡航者数;966万人 

1990 東西ドイツ統一。

   イラククウェート侵攻。

   旅券法の一部改正で、数次旅券が一般的になった。ほかに、渡航費用支払い証明書廃止。合冊も廃止された。

   日本で売られている格安航空券よりもまだ安い輸入航空券(外国で発券された航空券を日本発の部分から使う)が、航空会社と旅行社の間で問題に。

   オリンピック航空バンコク経由でアテネ成田線開設(のち撤退)。

   ビーマン・バングラデシュ航空が9年ぶりにダッカバンコク成田線開設(週1便)2006年撤退。

   年間の海外旅行者数が1000万人突破。

   ソニーがディスク式の電子ブックプレーヤーDD-1発売。

   出版;『12万円で世界を歩く』(下川裕治朝日新聞社)/「格安航空券情報」(双葉社)創刊/「地球の歩き方 リゾート・シリーズ」刊行開始/「地球の歩き方マガジン」創刊。

   『タイ生活事典』(山本みどり・酒井美代子、白馬出版)

   日本人渡航者数;1100万人

1991 ソビエト連邦崩壊/湾岸戦争始まる。

   旅券に記載されている渡航先が「北朝鮮を除くすべての地域」から「本邦外のすべての地域」に変更。

   京成電鉄とJRが成田空港に直接乗り入れ

   日本の旅券が海外で盗難にあう事件が多発。添乗員が客の旅券を預からないようになる。

   ダイソーが100円ショップの1号店を、高松に開店。

   セイコー電子工業がソニー製品より小型のTR-700発売。

   日本人渡航者数;1006万人。

   出版;『ロンリープラネットのタイ』(ジョー・カミングス著、山田千鶴子訳、マガジンハウス)。ほかに、『バリ島』と『台湾』も出版。

1992 スペイン・バルセロナでオリンピック開催(冬季はフランス・アルベールビル)。

   自動読み取り機採用にともない、パスポートのサイズが小さくなると同時に、8000円から1万円に値上げ。

   北朝鮮の国営旅行社と提携した旅行社が、北朝鮮ツアーを発売開始。多分このツアーと関係が深いのだろうが、北朝鮮ルポ『退屈な迷宮』(関川夏央、1992)や『お笑い北朝鮮』(テリー伊藤、1993)などが出版された。

   成田空港第2ターミナル使用開始。

   定年退職者の海外長期滞在を推奨するロングステイ財団設立(86年の通産省「シルバーコロンビア計画」は批判を浴びて大失敗に終わった)。*日本の老人をスペインに移住させ、「日本人村」を作るというアイデアだったが、「年寄りの輸出」という批判もあり、バブル経済の破綻で、この企画は破綻した。しかし、老人の移住はのちにタイやマレー シアへと場所を変えて進行している。

  MDウォークマン発売    

  日本人渡航者数;1179万人 

以下続く。