2275話 若者の世界旅行 欧米編 1 観光学

 前々回までは「日本人の海外旅行史」をとり上げたから、今回からはその「欧米編」を始めようと思う。

 だいぶ前の話になるが、ウィキペデイアの「バックパッカー」の記事が、そりゃーもうひどいもので、アレキサンダー大王の遠征がバックパッカー旅行の最初であるといった記述があった。今は、それほどひどいものはないが、次のような文章がある。

 「17世紀末に公共交通機関を用いて世界を一周したイタリアの冒険者ジョバンニ・フランチェスコ・ジェメリ・カレリが世界最初のバックパッカーの1人として挙げられることがある[6]。」

 世界初のバックパッカーがそのイタリア人だというのだが、その情報の出典を調べると、「リンク切れ」だ。なんだか気になって、英語版を読むと、同じ文章があって、これもリンク切れだ。日本語版は英語版の翻訳に一部手を加えたもののようだ。情報引用者は、この説を完全に信用したのだろうか。ちなみに、イタリア語版にはこの記述はない。

 日本語の印刷物でも、バックパッカー関連のものはレベルが低いと感じている。その理由は、次のようなだと考えている。

 観光学とはどういう学問かという説明はいろいろあるだろうが、私は「観光によって利益を受ける側の学問」だと思っている。観光立国を目指す国家の利益、村おこし町おこしを考えている地方自治体、旅行会社や宿泊施設、交通機関や娯楽施設や飲食業や広告代理店などの利益のためにアイデアを出したり、そういう観光関連団体に従業員を送り込む教育をする学問だと解釈すれば、事情がよく分かる。数が多いだけでカネを使わないバックバッカーを取り上げても、業界は喜ばないし、業界出身の教授たちも、そんなものに手を付ける気はないし、教える知識もない。学生が論文を書いてきても、読解不能だろう。

 立教大学観光学部のある教授の話では、観光業界に就職する卒業生は3割か4割くらいだろうという。ホテル業務とか航空会社実務といった教育をしている大学は、おそらくもっと多くの卒業生が観光業界に入っていくのだろう。

 バックパッカー研究のレベルが低いのは、研究者だけの問題ではない。世にあまたいる旅行ライターという人たちは、ガイドと体験記は書いても、旅行という塔に登って世界を見てみようという好奇心がない。文献を当たって過去を知るということもしない。ある国の料理写真を載せ、レシピを書いても、その料理の歴史的変遷や民族や宗教と食文化などについて考えることもしない。レストランガイドとレシピを書いておけばそれでいいと考えている。

 それがライターの資質や文才の問題なのかというと、どうも、それも違う場合もある。出版の大法則は読者が求めるものを出すということだから、できるだけカネを使いたくない若者たちの旅行史などに興味がないのだ。読者は、ガイドといった実用書や「行った、撮った」という旅行報告以外興味がないのだから、出版社もそういう本だけ出す。つまりは、そういうことだ。

 数年前のことだ。「誰も書かないなら、オレが書くか」という気まぐれが起こり、書棚から関連資料を取り出して、机の脇に置いた段ボールにまとめた。同時に、必読資料のリストを作り、次々にネット書店に注文した。

 10日ほどたって、冷静になって考えた。誰も読みたくない文章を書き続ける虚しさに押しつぶされて、集めた資料は今もそのままになっている。

 そしていま、「数年たっても、まだ誰も書く気配がないなら、書くか」という気分になってきた。またしても気まぐれだが、東アフリカのガイドも、バンコクの雑学本も、東南アジアの三輪車もタイ音楽も、どの分野だって、誰も書いていなかったのだから、いつものことじゃないか。気がつく人はほとんどいないが、1990年に『バンコクの好奇心』(めこん)を出すまで、一部のガイドや専門分野の報告書を除けば、1冊まるごとバンコクを扱った本は出ていないのだ。日本人のほとんどは、まだタイにもバンコクにもほとんど興味がなかったのだ。そして今でも、1冊丸ごとバンコクを扱った読み応えある書籍はほとんどない。

 欧米の知識がない者が、精いっぱい背伸びをして、さまざまな資料に当たってみた。専門家が書いてくれれば、素人が苦労しなくても済むのになあと思いつつ、これから欧米の若者の話を始める。