2276話 若者の世界旅行 欧米編 2 ドイツ

 スライ&ザ・ファミリーストーンのCDをデッキに挿入したとたんに電源が切れて、CDデッキが死んだ。家電修理会社のホームページでは、その会社に持ち込んだ場合のCDデッキ修理費は15000~20000円くらいらしい。ということは、2年しか使っていないこのデッキは「ゴミにしろ」ということだろう。考えてみれば、CDデッキ、コンパクト・デジタル・カメラ、ウォークマン、固定電話というのがわたくしだ。

 さて。

 バックパッカーという旅行者たちは、いつ、どこで、どういう人たちから始まったのかということに関して、正解はない。人それぞれの考えがあるだろうが、私はその前史として、おもに現在のドイツ周辺に古くから存在し、現在も続いている遍歴職人の話から始めたい。

 中世のヨーロッパには遍歴する人たちがいくらでもいた。学問の機会を求めて歩く遍歴学生や遍歴商人や遍歴する音楽家たちもいた。そのなかで有名なのが遍歴職人だ。職人は徒弟制度のなかで、徒弟・職人・親方(マイスター)と段階を踏んで地位が上がっていく。親方になれば、独立して事業ができるし、弟子もとれる。ただの職人から親方になるには、数年間(業種によって3~7年)全国を歩いて巡り、各地で技術の習得に励む。親が死んだとき以外、帰郷は許されない。服装に決まりがあり、無一文で移動することになっているから、同業組合のある町に着くまでは野宿するしかないという過酷な修業期間だ。同業組合にに止められて、晴れて親方に昇進できる。修行するのは大工や石工のほか、肉屋もパン屋も同じで、ドイツやフランスでは、今でもまだこの制度がある。

 私はドイツにはまったく興味がなく、行ってみたいと思ったこともないし、ドイツ語を勉強したいと思ったこともない。ドイツ関連の本も読んだことがなかったのだが、遍歴職人を調べていたら、だんだんおもしろくなってきた。

 旅は人を鍛える。

 ドイツ人にはそんな発想があるようだ。こういう徒弟制度の別の面は、親方の既得権保護のために、親方をむやみに増やさないということもあるのだが、労働力の地方分散という意味もある。ある町に大工や石工が集まってきて、教会の修復工事をやったとする。工事が終了しても、職人がそのまま居残ると、失業問題がおこる。別の街で職人不足がおこっているかもしれない。だから、職人を絶えず流動させておく必要があったから、職人を遍歴させたのだ。日本は関所を作って、できるだけ旅をさせないようにしてきた国だが、ドイツは中世から数多くの若者をたえず旅させてきた国だ。

 ドイツ人は、旅は人を鍛えると考えているから、現在も旅行者が多いのだろうかと思った。私の体験によるものだが、旅先でドイツ人旅行者と会う確率は非常に高い。安宿でドイツ語が聞こえてくれば、ドイツ人かオランダ人かスイス人だ。スイス以北から来た旅行者は多いが、フランス以南から来た旅行者は非常に少ないという印象がある。経済力の差はたしかにあるが、それだけではないような気がする。

 そういえば、地理学が生まれたのはドイツだ。「あの山の向こうは、あの海の向こうはどうなっているのか?」を考える学問だ。民族学もドイツで盛んに研究された。

 『黄昏のトクガワ・ジャパン シーボルト父子の見た日本』(ヨーゼフ・クライナー、NHK出版会、1998)は、ドイツ人であるシーボルトが、「偽オランダ人」になってでもはるばる日本にやってきた理由を探った名著だ。この本の話を始めると長くなるので、次回に。