けさ、outlookを開いたら、402通のメールが来ている。この10時間で突然の出来事だが、マイクロソフトのSPAM迎撃ミサイルが出動し、すべて撃ち落としてくれた。それはありがたいのだが、SPAMではないメールも攻撃している可能性はある。友人知人、アマゾンなどからのメールは届いているが、「認証確認のため4桁の数字を送りますから、その数字をここに記入してください」という手続きは、すべてメールが届かない。ど~したわけだ?
さて。
ユースホステルとワンダーフォーゲルの資料は、『ユースホステルに託した夢 リヒャルト・シルマン伝』(佐藤智、パレード発行、星雲社:発売、2006)があり、これでユースホステルとワンダーフォーゲルの両方の基礎知識が得られる。ドイツの事情は。『ドイツ青年運動: ワンダ-フォ-ゲルからナチズムへ』(ウォルター・ラカー、西村稔訳、人文書院、1985)ほか何冊もある。私の読書歴のなかで、ドイツ関連の本をひと山読んだことなどいままでなかったことだ。
今回の連載は「欧米編」なのだが、行きがかり上、ドイツの若者の旅が日本にどのような影響を与えたのか、充分に調べておく必要がでてきた。また日本の旅行史の資料を読むことになった。
日本のユースホステル運動は、高校生時代から会員だったから多少は体験的に知っているのだが、ワンダーフォーゲルはその名を知っているだけで、日本でどういう歴史的展開だったのかまるで知らない。資料を探すと、おそらく単行本としてはほぼ唯一の本が見つかった。『ワンダーフォーゲル活動のあゆみ――学生登山の主役たち』(城島紀夫、古今書房、2015)だ。この本は、戦前戦後の若者の旅行史を大学生たちが書いたクラブ活動の資料から読み解いている。力作である。こういう資料を書き残しておいてくれてありがたい。著者は1935年生まれ。明治大学ワンダーフォーゲル部の出身らしい。
まずは、旅行部の話から始めようか。
明治政府は、若者の体育教育の一環として遠足や旅行を推奨した。例えば、1880年創立の山梨県立甲府第一高校は、大正13年から全校生徒が参加する学校行事「強行遠足」を続けている。1878年創立の茨城県立水戸第一高校には、1938年に健歩会が発足し、「鍛錬行軍」となり、歩く会活動になる。旧制の中学や高校時代から、「歩くことは体と精神を鍛える」という考えが強く推進される。これは現在の「行楽」という意味の遠足や旅行ではなく、むしろ行軍と呼んだ方がいいようなものだろう。楽しむために歩くのではなく、体と精神を鍛える運動である。
そういう政府の方針に呼応して、高校や大学で部活動が始まった。「遠足部」は金沢医専など。「旅行部」は、京都大学や学習院など。「山岳会」は一高、二高、三高など。活動内容はおもに登山なので、学生の部活動もしだいに「登山部」が多くなっていく。
1935年の立教大学と慶應義塾大学、そして36年に明治大学にワンダーフォーゲル部が誕生するのだが、戦時色が強くなると、山遊びよりも軍事訓練が重要視されるようになるとともに、学生が動員・出兵していったので、部活動も自然消滅した。
大学のワンダーフォーゲル部の話は、次回に続く。