2285話 若者の世界旅行 欧米編 11 女のひとり旅と宿

 2000年8月にNHK・BS2で放送された「BSスペシャル ゆっくり世界旅 真似して真似されて二人旅」。橋田壽賀子ラサール石井のふたりが、なぜかポーランドを旅するという番組で、奇しくも橋田壽賀子の旅の話を聞けた。橋田はなかなかの旅行者だったのだ。

 橋田は大学を出てすぐ松竹に入社したものの、脚本の仕事はなかなか与えられず(橋田いわく、「女に書かせる映画がない」から)、1954年に退職してフリーになる。ちょうど53年にテレビ放送が始まったばかりで、彼女はテレビドラマの仕事を得た。「男向けの映画」から「女向けのテレビドラマ」への移行だ。ドラマの仕事が一段落したら、次の仕事までのちょっとした間に旅をしたかったのだが、当時はまだ女ひとりを泊める旅館は少なかった。「ひとり旅の女は自殺しに来た」と思われていたからだ。橋田は、しかたなく誰でも宿泊できるユースホステルを利用するようになった。ここなら、女のひとり旅でも、問題なく泊まれる。

 1970年代のある日、私はある島に取材で行った。そこでオープンしたばかりのペンション経営者に、その世界のビジネスの話をうかがった。そこの経営者が話してくれた。以前は、高原でペンションを経営していたのだが、ある日、ひとり旅の女性客が部屋で自殺をした結果、それ以降宿泊客はまったくいなくなり、廃業に追い込まれたという。「そういうことが実際にあるから、女性ひとりの客というのは、どうも、ねえ・・・」という事実もある。

 橋田寿賀子ポーランド旅行の話は、2018話で紹介した『歩々清風 金子智一伝』(佐藤嘉尚、平凡社、2003)に詳しく紹介されている。

 海外旅行が自由化された1年後の1965年、日本ユースホステル協会は、第一回ヨーロッパホステリングを計画した。ホステリングとはユースホステルを利用して旅することだ。海外旅行が自由化されて、やっと業務以外の目的で渡航できるようになったことで計画された大旅行だった。

 費用を安くするために、飛行機はチャーター便だ。ヨーロッパの7カ国をバスで巡って最終訪問国のポーランドで開催される第25回国際ユースホステル会議に出席するというスケジュールで、45日間の旅。参加者127名のうち、女性は70名。そのひとりが、橋田壽賀子だったというわけだ。

 参加費用は、38万円だった。売り出し中の脚本家にとっても、決して安くない料金だ。38万円は、ハワイ10日間のツアー料金に等しいから、それで45日間の ヨーロッパ旅行ができると考えれば、たしかに安い。しかし、1960年代なかごろの当時、若いサラリーマンの月給は数万円だから、38万円は年収程の金額になる。現在の物価に換算すれば、300万円ほどになるだろう。飛行機はチャーター便、ヨーロッパの移動はバス、宿泊場所はユースホステルだから、この金額に抑えられた。それでも絶対的には高額で、かつ長期間の旅だが、ツアー参加希望者は定員の3倍もきたが、なんとか127名に抑えたという。「旅費さえなんとか工面すれば、私でも、やっと外国に行くことができるぞ!」という欲望がいかに強かったかがわかる。1964年の海外旅行自由化以前は、たとえカネがあっても外国には行けなかったのだから。

 橋田のヨーロッパ貧乏旅行の話を詳しく知りたいと思い、橋田の『ひとりが、いちばん』(大和書房、2008年)を読んでみたのだが、興味深い話はなにひとつ出てこなかった。

 ユースホステルを学生など若者向けの安い宿泊施設と理解されているが、自転車やオートバイ旅行者にも便利だと知られているが、「おんなのひとり旅」にも対応している宿泊施設という点を、観光学の研究者は気がついているだろうか。女の旅行史とか、ユースホステルジェンダーといった論文はあるのだろうか。