2097話 若者の世界旅行 欧米編 23 日本の『森の生活』1

 ヘンリー・ソローの著作、『森の生活』("Walden; or, Life in the Woods“)が出版されたのは1854年だった。この本を、レフ・トルストイ(1828~1910)が読んでいたという情報がネットにあるが、トルストイの著作を点検してその証拠を探したことはない。あくまで、噂話だが、トルストイの非暴力主義者という面を考えると、納得はできる。トルストイとしばしば手紙のやり取りをしていたのが、南アフリカ在住の弁護士ガンジー(1869~1948)だ。ガンジーも『森の生活』を読んでいたというネット情報があるが、これも未確認だ。ガンジーの影響を受けていたマーチン・ルーサー・キング(1929~1968)もソローの著作を読んでいたという情報もあるが、具体的に検証はしていないが、そういう影響があったとしても不思議ではないほど、ソローは読まれ続けてきたことは確かだが、個々の例に関しては、私自身まったく確認作業をしていない。トルストイの著作を読んで、「ソロー」の名前を探すなんて大変すぎる。

 私が初めてソローの名を目にしたのは1970年代前半らしいのだが、そんなことはすっかり忘れていた。その本をのちに再読して、「ここに、こんな文章があったのだ」と気がついて驚いた。小田実の『何でも見てやろう』(1961、河出書房新社)だ。有名な冒頭、「ひとつ、アメリカに行ってやろう、と私は思った」という書き出し部分と同じページにこういう文章がある。

 「ニュー・イングランドのソロー氏のゆかりの地ウォールデン池(ポンド)のほとりにたたずんで懐旧の情に身をゆだねる、というようなことはもっとも苦手とするところなのである。私はボストンに住んでいたからよくウォールデン池(ポンド)に出かけたが、それはソロー氏のイオリのあとにたたずみに行ったのではない。水泳のためであった。水は冷たいが、なかなかよい泳ぎ場であった」

 この文章を初めて出会った1970年代には、もしかして『森の生活』という書名は知っていたかもしれないが、それだけのことで、「ソロー」や「ウォルデン」という語に何も感じることなく、ソローの名も記憶に残らなかった。私がソローを読んだのは、たぶん70年代後半だろう。1980年代になって『何でも見てやろう』を再読し、小田がソローについて言及していることに気がつき、1961年の時点で小田はソローをすでに読んでいるか、あるいはどういう内容なのかは知っていたとわかった。同時に、1960年代の小田の読者が解説なしに「ソロー氏の・・・」と書いて、理解していたのだろう。ソローは、当時、すでに日本でも有名だったのだろう。

 それはともかく、のちにべ平連という市民運動を展開する小田が、ソローの非暴力主義を知らなかったのか、それとも完全否定したのかわからないが、そのことはかなり気になった。

 上の文章を書いて数日後、『森の生活』の出版史をちょっと調べてみて、驚いた。

 『森の生活』が日本で初めて出版されたのはかなり古い。明治44年(1911)年の水島耕一訳版(文成社)だそうで、ネット上にそのコピーもある。国会図書館の蔵書リストに多数ある『森の生活』でもっとも古いのは、今井嘉雄訳の新潮社版で、大正14年(1925)。この新潮社版は、昭和9年(1934)に新潮文庫になっているのだから、それなりに読者がいたということだろう。

 戦後もすぐに『森の生活』は出版されている。

 1948年に今井規清訳(大泉書店

 1950年に『森の生活 ウォールデン』として宮西豊逸訳(三笠書房

 1951年に神吉三郎訳(岩波文庫上下2巻)

 1953年に冨田彬訳(角川文庫)

 1957年に出水春三訳(南雲堂)

 この後も、現在にいたるまで各社から出版され続けている。

 こういう出版リストを見れば、小田実が『何でも見てやろう』を出す以前に、『森の生活』は日本語版ですぐに手に入ることがわかる。小田は英語版を読む力はあっただろうが、1950年代だと英語版を手に入れる方がむずかしかったはずだ。こうした状況を考えれば、小田はすでに『森の生活』読んでいたか、その内容を知っていただろうと推測できる。