2099話 若者の世界旅行 欧米編25  高等遊民のことから 1

 ヘンリー・ソローの生涯を知って頭に浮かんだのは、「高等遊民」という言葉だ。高等教育を受けていながら、その学歴を生かして保守本流の出世街道を歩まない。エリートの本流から外れているが、経済的には何とかなり、好き勝手に生きる若者というのが私のイメージだ。「高等遊民」という語は、明治から昭和初期あたりによく使われたことばらしく、夏目漱石が作中で使っているそうだ。大学を出ていながら、「小説家になる」、「詩人になる」、「画家になる」などと大言壮語の夢物語を口にし、しかし額に汗して働く気はない。それでも、カネは実家にたっぷりあるという若者だ。わかりやすい例が、地主の子や高級官僚の子が集まった白樺派だ。あるいは、当人は貧乏だが、支援者、あるいはパトロン、援助者などのおかげで「パリ遊学」といった若者たちだ。

 ソローは、働かないで誰かに生活費を無心するという生き方ではなく、生活をする最低限の収入があれば、それ以上働く必要がないと考えていた。蓄財や出世のために、学歴を使うことはないという考えだ。

 ソロー高等遊民という連想で、次に浮かんだのはヒッピーだった。ヒッピーについては、いずれゆっくり書くが、ヒッピー活動の中心人物は高等遊民だったような気がする。まず、ほとんど白人だということだ。大学生である存在から、当時の流行語でいえば「ドロップアウト」した若者がヒッピーになった。主流の生活範囲から望んで「落ちこぼれる」ことだ。大学を中退するどころか、そもそも大学などに進めない黒人や移民の若者たちは、望まなくても初めから「アウト」の世界で生きているから、ヒッピーにはならない。貧民街で食うや食わずの生活を送って来た者は、「生活できる最低限の稼ぎがあればいい」とは考えない。本当に困ったときに頼りになる身内や友人知人がいる者は、精神的にも余裕ある生活ができるが、その日暮らしの若者は、「もっとカネを」と考える。

 バックパッカーとなって世界に歩み出した若者たちは、経済的な余裕があったというだけでなく、精神的な余裕もあったのだ。多少カネを持っている黒人青年もいたが、そのカネを握りしめてリュックを背負う旅をしようとは思わない。1980年代に日本人旅行者がどっと増えるまで、バックパッカーは圧倒的に欧米の白人、あるいは正確に言えば、ヨーロッパとカナダ、オーストラリア、ニュージーランドからやって来た若者たちのことだった。アジア人のなかで日本の若者だけが真っ先に外国に出かけたのは、経済的余裕があったからだといえる。ただ、そこにはちょとした解説が必要だと思う。

 ケニアで会ったある日本人旅行者は、有名大学を中退したという自分の過去から、旅行者の学歴を調べたくなるという趣味があった。1980年代初めの頃の話だ。その男の話では、日本人旅行者の圧倒的多数は高卒で、それに専門学校卒や少数の大学中退者が加わる。まだ格安航空券がそれほど広まっておらず、バブル経済も始まっていなかったころ、南米やアフリカまでやって来る日本人は、ヨーロッパや北米で働いて旅行資金を蓄えた者が多く、大学生が気軽にやって来る時代ではなかった。学歴調査男の説は、私が見聞したこととそう変わらなかった。旅行者のなかには大卒者もいたが、「立派なサラリーマン」の未来を放棄したか、家業を継ぐので学歴など関係ないという者たちだった。新卒採用、終身雇用の時代は、かなりの覚悟がないと、せっかく就職できた大企業を辞職して旅に出るという決定はなかなかに難しいものだった。旅をするのに充分なカネを持っているアジアの若者でも、旅を終えて帰国してからの生活を考えると、簡単には旅に出られないためらいは、そういう雇用形態にもあった。

 旅する若者にヨーロッパ人旅行者が多いといっても、地中海沿岸諸国出身者は少なく、中・北部ヨーロッパ出身者が多いというのは、経済的力の差はもちろんあるが、それだけではないような気がする。