2107話 若者の世界旅行 欧米編 33 理想郷とバス旅行

 1960年代のヒッピーの時代、ビートルズがインドに行く前から、イギリスやフランスやドイツから見て「東」は、ある種魅力的なイメージがあった。古代ギリシャギリシャ神話に深い関連がある語がアルカディア(牧歌的な自然が残る理想郷)。そして、アラベスク(アラビア風)、オリエンタル(西洋人が考える東洋)、そしてインド。英文学のなかのインドといえば、『ジャングル・ブック』などのキプリング、『インドへの道』のフォスターなどの名が浮かぶが、イギリスの若者が何に触発されてインドを目指したのだろうか。漠然とした、「理想郷に行ってみたい」という願望なのだろうか。

 ヨーロッパの若者が中東を経由してインドを目指したのは、漠然とした「異国インド」「エキゾチックなインド」ということに加えて、「理想郷シャングリラ」を訪れてみたいという夢があった。イギリスの小説家ジェームス・ヒルトンが書いた『失われた地平線』(1933)に登場する理想郷がシャングリラで、チベットのどこかにあるとされている。ヨーロッパの若者たちが理想郷のような場所を探して、ヒマラヤ周辺のインド北部やネパールを旅した。

 ヨーロッパ人にとってインドが旅の目的地になったのは、元イギリスの植民地であり英語が通じるだけでなく、ヨーロッパ大陸から陸続きで旅できるという利点もあった。

 フランス人はフランス語が通じる元フランス植民地を旅することを好んだから、北アフリカや西アフリカに出かけていった。東方を目指したのはイギリス人だけでなく、ドイツ人やオランダ人や北欧人などもいた。

 東方への旅は、鉄道やバスだけでなく、自分の車やオートバイなどで旅することもできる。アムステルダムアテネなどから、乗り合いバス「マジックバス」に乗ってインドまで旅することもできた。マジックバスに関しては、The Whoのレコードジャケットのほか、”Magic Bus: On the Hippie Trail from Istanbul to India”のような本はいくつかある。たぶん、1974年だったと思うが、カトマンズでそのマジックバスが停まっているのを見ている。団体旅行は好きではないので、「話を聞こう」という行動には出なかった。そのころ、東南アジアでは、ラオスカンボジアベトナムへの旅行は難しかったが、西アジアではアフガニスタンを安全に旅行できた時代だった。

 いつから運行を開始したのかわからないが、ヨーロッパを出て西アフリカから東アフリカに走るトラック改造バスも運行していた。大型トラックの荷台を幌でおおい、座席をつけた乗り物だ。1980年代初めに、ナイロビでこのトラック改造バスを見た。マジックバスはバスの姿をしていたが、アフリカの「バス」は沙漠を越えるので、トラックでなければならなかった。どうやら、今でもときどき運行しているらしい。

 ヨーロッパから西アフリカ経由でナイロビまでトラックバスを運転してきたというオランダ人に、ウガンダスーダンの国境で出会った。これから北上してヨーロッパに戻るという。

 「運転手とその助手は、英語とフランス語が話せるということで、オランダ人かスイス人が多い。ドイツ人は英語をしゃべるから、ドイツ語能力はいらないんだ。ああいうバスの旅は、心理学とか文化人類学の研究にはうってつけだよ。毎日が自己主張との闘いさ。『ここで数日滞在しろ』とか『ベジタリアン用の食事を用意しろ』とかね。のんびり旅したいヤツと、できるだけ急いでネパールに着きたいヤツとか、乗客どうしのいざこざや恋愛と別れ話など、まあ、いろいろさ。一日中文句ばっかしで、『そんなら、お前、ひとりで旅しろよ!』と、何度言いそうになったことか。自分で何もできないから、ツアーに参加したんだけどね」

 1972年にイギリスからインドを経由してタイに渡った少年の旅行記On the Road Again”のことは2069話で少し書いた。2010年にこの本を買ったときは安かったのだが(安いから内容がわからない本を注文したのだが)、今アマゾンでなんと8万円を超えている。1970年代の日本語のガイドブックも、アマゾンでチェックすると数万円の値がついていることがある。旅行資料の価値を認める人が増えているというわけではなく、手持ちの本を「古いんだから」というだけの理由で高く売りたいだけだと想像している。その証拠に、高いガイドブックは売れていない。高い値がついていた「地球の歩き方」のごく初期のものはデジタル版で再発売された。