2112話 若者の世界旅行 38 欧米編 最終回 1

 長々と書いてきた若者の旅行史の話は、1980年代あたりで終えることにする。

 若者の海外旅行史研究のなかでポッカリあいた空洞は、学割航空券や格安航空券販売の歴史だ。航空会社や航空券の問屋や旅行代理店といった業界に関して、私はまったく知らないので、いくつかの資料を集めて読んでみたが、隔靴掻痒(靴の上から足をかく)ようなもので、さっぱりわからない。だから、その内情に触れたことがない。このミッシングリンクをつながないと、旅行史研究は完結しないのだが、事情をよく知っていても書こうかというライターは、残念ながらいない。それが、心残りだ。

 90年代以降のデジタルの時代は、私ではない誰かが詳しく書いたほうがいい(書く人がいれば、だ)。ネットカフェの時代からノートパソコンの時代になり、スマホの時代に変わっていく。電子辞書時代から、自動翻訳&通訳の時代になった。そういう技術の変化は旅行の仕方に大いに影響を与えているだろう。だから、デジタル技術発達史と旅行形態・思想の変化といった研究が必要になる。ガイドブックが印刷物からデジタル出版物になり、Vlogやインスタグラムをガイドとして使い、従来のガイドブックはあまり必要ではないという人もいる。そういった旅行形態の変化は、若き研究者たちがきっと書き残してくれるだろう。

 旅行がインターネット時代に入って、私にとって良かったことも悪かったこともある。良かったことの第1位は、インターネットによる航空券の購入予約だ。何社も調べてみたが、私にはトラベルコがもっとも便利だった。サイトによっては、サーチャージやそのほかの料金を加算せずに載せていて、予約画面になるまで支払総額がわからないといううさん臭い会社もある。

 トラベルコは、格安航空券販売会社リストに「海外の会社です」という注意が書いてある。「この会社は安いですが、予約変更や欠航になったときのトラブル処理は英語でやるんですよ、いいですね」という意味だ。以前はそういう注意書きはなく、リストの最安値に悪名高き会社の名前が載っていたから、トラベルコ側も考えたのだろう。これはインチキ商売ではなく、航空券の買い手に知識とデジタル技術と英語力があれば安く買えるという会社なので、素人が手を出すとやけどする。

 トラベルコなら、日本発の往復航空券はもちろん、片道でも買えるのがうれしい。日本からA→B→日本とめぐる周遊きっぷも買うことができる。ある国の地方都市から別の国の地方都市に飛ぶ航空券も簡単に買える。「ええ!、片道5800円?」などとことも多く、もう驚くことはない。LCCに乗るには、荷物の少ない旅行を心掛けないといけないという教訓も学んだ。航空券が安いという理由で大阪に飛んだのだが、本を大量に買ったので重くなり、関空で超過料金を徴収されて、もはや「安い航空券」ではなくなったという苦い体験をしている。

 インターネットで、現地でのバスや鉄道や博物館や美術館の予約ができるというのは、たしかに便利なのだろうが、私のように行き当たりばったりの旅行者は朝飯を食べながらその日の行動を考えたり、散歩しながらこの先の旅を考えるタイプだと、かえって不便なこともある。

 サクラダファミリアに行くのがバルセロナ旅行の目的だという人ならもちろん予約は必要だろうが、私のように気ままな散歩者に予約は面倒だ。私がバルセロナに行ったのは2016年だった。毎日バルセロナを気ままに散歩していたある日、大通りの向こうに、写真で見慣れたサクラダファミリアがそびえたっていた。地図を見ながら歩いていたわけではないので、「そうか、ここにあるのか」と驚いた。サクラダがミリアを見るためにバルセロナに来たわけではないので、この未完の教会がどこにあるのか知らなかったのだ。工事中の教会に近づいたら、入場を待つ列ができていた.「まあ、出会ってしまったのだから・・」と列に並び15分か20分ほど待って,なかに入った。朝の開館前だからそれほど混雑していなかったのだ。昼前に外に出ると、そのあたりはもう人だらけだった。その1年後か2年後に、要予約施設となった。「もう来てくれるな」とバルセロナ市がオーバーツーリズムを訴え始めた時代た。

 スペインのグエル公園アルハンブラ宮殿も、有料区域と無料区域があった。どうやら、観光客が急増した2010年代に、「有料化、予約化」という動きが進んだのではないか。その背景は、それまで自由に海外旅行ができなかった旧ソビエト連邦諸国と中国からの観光客の存在が大きい。

 ホテルの予約とデジタルの問題もある。

 ホテルのカウンターで「今夜、部屋はありますか?」と聞いたら、「ありますが、スマホで予約してください」と言われたことがある。「スマホは持っていない」と言ったら、「ロビーにコンピューターがあるので、それで予約してください」と言われた。宿泊者の記帳と支払いを機械に任せれば、人がカネに関わらないという考えなのだろう。

 もう、そういう時代なのだ。