旅行史の連載をしているときに、 小ネタがいくつも集まった。今まで発表できなかったから、ここで一気に。
■台湾在住中国人ブロガーが、「朝起きたら、いたるところで中国国旗がはためいていたら、きっとステキでしょうね」と投稿したことで、台湾政府の逆鱗に触れ、滞在資格を失い帰国したという事件があった時の、中国政府のコメント。
「人権無視もはなはだしい」
そういうときに使える便利な日本語は、「どの口がそんなことを言っとるんじゃ」
■テレビニュースを途中から見たから、前後関係はわからない。「顔は出さないから」と言ってAV撮影したが、顔出しで販売した男というがふたり逮捕された。おそらく逮捕と顔出しは関係ないだろうが、警察署から出て来たふたりの男の顔にはぼかしが入っていた。
■池上彰が「どんな質問にも答えます」というラジオ特番(どの局だったか、忘れた)をやっていた。そこで、日本人の名前に関する質問が出た。質問の内容を説明すると長くなるので省略するが、池上は「江戸時代まで、名字を持っていたのは武士だけで、庶民は明治になって初めて名字を持つようになったので、たんぼのなかの家だから、田中とか、そうやって名字を作ったんですという解説だった。また、そんなデタラメをと思たので、その番組のホームページに「違いますよ」という情報を送ったのだが、放送では無視された。それから2週間ほどたって、今度はテレビ番組で日本人の名前に関して同じ話をしていた(NHK)。
たぶん中学校で習った「苗字帯刀」というのが、武士だけに許されたことだったと誤解している人が多い。名字、苗字、姓、氏といった言葉の説明をきちんとするとややこしいので、ここでは各種書類に求められる「氏名を記入してください」の氏を名字(苗字も同じ意味)としておく。多くの人は、「名字を持てるのは武士だけ」という決まりだと誤解しているが、鎌倉時代ごろから徐々に自分で勝手に名字を作っていたらしい。江戸時代になれば、ほとんど誰でも名字を持っていた。寺の過去帳などを見れば、村人にも名字があり、だから家制度というものが存続してきたのだ。
たとえば、武蔵国の百姓・宮川久次郎と母みよの三男勝五郎は、近藤家の養子になり、近藤勇と名乗った。つまり、旧姓宮川だ。村人にも姓があることは、当時の戸籍にあたる宗門人別改帳に明記してある。新選組では、土方歳三も百姓出身。俳人小林一茶も、信濃国柏原の百姓小林家の子供。「百姓」は蔑称ではない、念のため。
では、「苗字帯刀」の決まりとはどういうものかというと、名字を公式の場で名乗ることを許されているのは武士だけという決まりだ。公的な書類などに名字を記すことは許されていないが、非公式の場では氏名を書いていた。つい最近の見た例では、外国人研究者が和算の解答を書いた算額を見て歩く(「最深日本研究~外国人博士の目~算額」 2025年9月2日放送)というNHKの番組で、江戸時代に村人が書いた数学の解答額が寺に保管されているのが映し出された。それをみると、解答者の姓名がちゃんと書かれていた。
帯刀というのは、刀を持てるのは武士だけという意味ではない。民百姓も、旅に出るときは脇差を持つことは許されていた。大小2本の刀を差す「二本差し」が武士だけに許されていたから、落語でも武士をバカにしたときに、「あの二本差しがなんだ!」といったりする。